第3話 炎と土の魔法少女たち
その数日後、錬たちは賑やかな宿場町に到着した。
傾きかけた太陽の下、軒先の提灯にあかりが灯り始める。大通りは宿を探す旅人や商人でごった返し、どこもかしこも慌ただしい足音が響いていた。
「今晩の宿はどこにしよっか……」
夕刻の活気に包まれていた町の一角で、茜色の空が突然の黒煙に塗りつぶされた。
「山火事だ……山から火が出ているぞ」
低いどよめきとともに、山から赤々とした炎が立ち上がり、
風に煽られた火の手は町へと広がりを見せ始めていた。
「大変です、錬さん! 火が……」
「ああ、行こう」
錬と渚、そして肩に乗ったコマは、火が見える方角へと足を向けた。
現場に到着すると、たくさんの人々が集まっていた。
強風のため、誰も火に近づけずにいる。
「このままでは、山から町に燃えうつってしまう……」
そこへ突然、火消しの装束を身にまとった赤い髪の一人の少女――灯が前に進み出た。
彼女は慌てることなく、冷静に息を整える。
「私が火を消す!」
灯が両手を静かに掲げ、落ち着いた声で紡いだ。
「静まれ、散る火よ……私の手元へ」
彼女が操る「火の魔法」に応じ、猛火が穏やかな渦を巻き、灯の両手に吸い寄せられていく。
「よし、これで……」
灯が安堵したその時…
「まだだよ!」
灯の横をすり抜け、素早く踏み込んだ影があった。
獣の耳と尻尾を持つ金髪の少女――圭だ。
圭は腰の刀を静かに抜き放つと、足元の地面が轟音を立てて大きく盛り上がった。
巻き起こった厚い土壁が、横から、上からと覆い被さるように炎を包み込んだ。
火は完全に消えた……
「灯ちゃん、あまいよ!」
「圭こそ、勝手に割り込んできたりしないでよ。私だけで火は消せたのに!」
二人は喧嘩をはじめた……
どうやらこの町の火消し達であり、日頃から意見がぶつかる間柄らしい。
「二人ともかっこいいな……」
錬は穏やかな笑顔で、そんな素直な感想をこぼした。
「そ、そうか!」
「へへー、なんだか照れちゃうな!」
灯と圭はあっけらかんと笑い、まだ出会ったばかりとは思えないほど気さくな空気を漂わせた。
その様子を見ていた渚は、胸の奥がチクリと小さく波打つのを感じて、思わず視線をそらした。
(……なんだか、楽しそう……)
「渚、どうかした?」
隣に立った錬が首をかしげる。
「ううん、別に何でも……」
渚は慌てて首を横に振った。
「ふん、錬は相変わらず肝心なところが鈍いな……」
肩の上で、コマが呆れたように小声で言った。
その時――重く低い異音が響き渡った。
山の奥から黒い影が立ち込め、静かにその姿を現したのは、「炎の妖」だった。
その胸元には、「黒い紋章」が刻まれている。
「あれが原因か……」
コマが睨んだ。
「また妖か!」
灯が火の魔法を放ち、圭が土を操り炎を消そうとするが、邪気を纏った妖には敵わない。
逆に熱波に押し戻され、二人は体勢を崩した。
「くっ……強すぎる……」
灯と圭がバランスを崩して大きくよろめいた瞬間、近くにいた錬はがしっと二人の背中に腕を回し、力強く支えた。
「危ないっ……! 二人とも、無理をするな!」
すぐ間近にある錬の真剣な顔、温かい腕の体温、そして自分たちを必死に守ろうとしてくれるその男気を感じた瞬間、二人の胸の奥がドキンと大きく跳ねる。顔が一気に真っ赤に染まり、思わず言葉を失った。
「手伝います!」
渚が静かに「水の魔法」で妖を押さえつけようとした。
しかし、妖の勢いは衰えない。
(このままでは、皆が危険だ……)
錬は迷うことなく前へ踏み出した。
「錬さん、危険です!」
「大丈夫だ、渚は二人を頼む」
錬は熱気が漂う空間へと静かに身を投じ、妖の動きを見据えた。
「そこだ!」
錬は熱さを忘れ、一瞬の隙を突いて、胸元に光る黒い紋章に手を伸ばす。
それは、心の奥底でずっと忘れていた何かを思い出すような、抗えない引力に引き寄せられる感覚だった。
――静寂を切り裂くような衝撃。
錬の手のひらから、淡く温かな黄金の光が静かに溢れ出し、周囲の炎と土を包み込んでいく。
「……この光は一体……?」
後方に控えた灯と圭が、静かに目を見張った。
その光は灯の持つ緻密な「火」と、圭の持つ重厚な「土」の波長を静かに調和させ、その力を引き上げていった。
「私と……圭の気が、噛み合っていく……?」
「あんちゃんの光が、力を貸してくれてるの?……」
灯は静かに瞳を伏せ、淡々と魔法を練り直した。
「炎よ、この場を守り抜け」
灯が放った炎は、錬の光と圭の土をまとい、赤く輝く光の帯へと変化した。
その帯は妖を捉え、邪気を穏やかに浄化していく。
胸元の黒い紋章は、音もなく粉々に割れて消え去った。
静寂が戻り、炎は嘘のように消え去った。
「……終わったの……か……」
ほっとした灯と圭の前に、錬が歩み寄り、落ち着いた声で声をかけた。
「二人とも、息の合った見事な連携だったよ。怪我はないかい?」
「……あ、ああ」
灯は錬の顔をまっすぐに見つめ、わずかに言葉を詰まらせた。
(……無茶をする人だ、でも……かっこよかった……)
灯の頬に、微かな赤みが差す。
一方、圭は、錬の視線を受けて腕を組んだ。
「……あんちゃん達や灯ちゃんがいなくても、圭一人で大丈夫だったよ!」
ツンとした態度をとりつつも、圭は頬を赤くし、尻尾を嬉しそうに揺らしていた。
(……圭たちのために……あんちゃん、かっこいいかも……)
「二人の息が、すっかり揃いましたね」
後方から歩いてきた渚が、少しだけ複雑そうな、けれど穏やかな微笑みを浮かべる。
「か、勘違いするな!圭とはそんな関係じゃない」
「そうだよ、灯ちゃんとはそんな関係じゃ……!」
と灯と圭は同時に顔を背けた。
「動きも一緒……気が合うな」
笑う錬を見て、灯と圭は一段と顔を赤くした。
その様子を眺めながら、渚は小さく息をつき、自分の胸元をそっと押さえた。
灯と圭は、あっそうだ!と慌てて背筋を伸ばし、名乗った。
「私は灯、十七歳、火消しをしている」
「圭は、十五歳。もとは旅人で、今は灯ちゃんと火消しをしてる……
あんちゃん達は?」
錬は答えた。
「俺は錬。こっちは渚。そして、コマ。
妖を追っている」
「妖を追ってるのか?
私達も最近増えた妖の原因を調べてるんだ。
二人は……その……どういった関係……?」
灯はもじもじしながら聞いた。
「一緒に旅をする『仲間』だよ。」
錬はあっさりした調子で答え、その横で渚は少しだけ表情を固めた。
「じゃあさ、一緒についていっていい?
旅は多い方が楽しいだろ?」
灯はパッと朗らかな声を弾ませて尋ねた。
「ああ、それは心強いな」
錬は答えた。
渚も、少しだけ考えて頷いた。
「好きにすれば」
コマはそういいつつ尻尾をふって喜んでいた。
こうして、灯と圭の二人は錬たちの旅に同行することになったのだった。
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