第12-2話 暗闇と火消しの誇り
一行が足を踏み入れたのは、のどかな農村であった。
爽やかな風が吹き抜ける街道。しかし、村は不気味な冷気に包まれ、村人たちの表情には暗い影が差している。あぜ道を歩く農夫たちは誰もが疲れ切った足取りで俯いていた。
「お上に納める年貢もあるのに、蔵の米が腐りかけてしまって……。このままじゃ、村中が飢え死にしてしまうよ」
身を寄せた農家の主人が悲痛な面持ちで頭を抱えるのを聞き、錬は険しい表情で静かに呟いた。
「一度に村中の米が傷むなんて異常だ。米を駄目にしている元凶を確かめるために、村の奥にある米蔵へ行ってみよう」
少女たちとコマが深く頷き、一行は米蔵へと向かった。
米蔵に到着した一行は、錬と灯、渚と楓、圭とコマの三組に分かれ、それぞれ蔵の外と中を調べるために動き出した。
そして、錬と灯が米蔵の中を調べていると、突然――。
足元から泥のような不気味な黒い濃霧が吹き出し、あっという間に周囲の光を全て呑み込んだ。
「うわっ……なんだこの霧は!?」
「きゃあっ……!?」
視界を奪う暗闇と冷やっこい湿気に包み込まれ、灯は絶叫とともに、必死の思いで錬の袖を固く掴んだ。
「……れ、錬……? 真っ暗で、何も見えないよ……っ!」
暗闇の底で、灯は恐怖のあまり全身を激しく震わせた。
町で有名な火消しの娘として育った彼女には、許されないものがあった。火はすべてを焼き尽くす恐ろしいものだ。だからこそ「火を扱う者が怯えてはならない」「誰よりも強くありなさい」と幼い頃から教え込まれてきた。
いつでも威勢よく振る舞ってきたのは、そうしなければ自分の内側にある幼い恐怖に押し潰されてしまうからだった。
「大丈夫だ、灯。俺はここにいるから」
錬は袖を掴む手が痛いほど震えているのに気づき、彼女の肩をそっと支えて声をかけた。
「れ、錬……! 頼むから私を一人にしないで……っ!」
灯は錬の服の裾を両手で強く握りしめ、行き場のない恐怖に顔を伏せてぽろぽろと涙をこぼした。
(ずっと、火消しの娘として強く生きていかなければいけなかったんだな。本当は、こんなにも弱くて、暗闇に怯える子供なのに)
錬が灯の手に、そっと自分の手を重ねると、その確かな体温が灯の恐怖を優しく溶かしていく。
「……錬の手、すごく温かい……」
――その時、暗闇の奥から水泡の弾ける不気味な音が響いた。
現れたのは、黒光りする濃霧で人型に作られた妖だった。冷気と湿気で米を腐らせ、人々を困らせていた元凶だ。その胸元には、黒い紋章が怪しく光っている。
「出たな……!」
「あ……っ……」
反射的に体がすくむ灯だったが、前に立って自分を守ろうとする錬の背中を見つめた。
(錬が……魔法が使えないのに、私を守ろうとしてくれている……)
灯は錬の袖からそっと手を離し、自分の足でしっかりと暗闇の大地を踏みしめた。震えていた掌を強く握りしめると、内側から熱いものがこみ上げてくる。
「錬……! 私、もう逃げない。この暗闇を焼き払うよ!」
「おうっ、頼もしいな!」
「我が熱情よ、闇を焼き尽くす炎となれ!」
気合に満ちた叫びとともに、灯の両手から眩い炎が勢いよく飛び立った。
「今だ、錬!」
「おうっ!」
錬が懐から取り出した黒石が、闇を切り裂く黄金の光を放つ。錬の温かな金色の光と、灯の解き放った炎が重なり合い、霧の妖へと一直線に突き進んだ!
ドオンッ――!
二人の合体した炎と光が寸分狂わず妖の胸元を貫き、黒い紋章を粉々に砕き割る!
冷たい霧は温かな熱気とともに一瞬で消え去り、米蔵の奥まで澄み渡った光が差し込んできた。
◇ ◇ ◇
「錬さん! 灯さん! ご無事ですか!?」
「大丈夫!?」
「妖はどこですの!」
暗闇が晴れ、渚、圭、楓、そしてコマが駆け寄ってくる。
「妖なら、もうやっつけたよ! 楽勝だったな、錬!」
灯は照れくさそうに、けれど晴れやかな笑顔で胸を張った。
そして、そっと錬の耳元で「……ありがとね、助かっちゃった」と囁いた。
錬が「いいや、灯の炎すごかったよ」と小声で返すと、灯はへへッと嬉しそうに笑った。
二人のやり取りを見て、コマが温かく目を細める。
「なんだか良い雰囲気じゃないか」
やがて、異変に気づいた村人たちが恐る恐る集まってきた。
米蔵の中には温かな光が満ちており、傷んでいた米は、元通りの豊かな姿を取り戻していた。
「嘘だろ……傷んでいた米が元に戻っている……!」
米を手にとった農家の主人の目から大粒の涙が溢れ、村人たちは感極まった面持ちで錬たちのもとへ駆け寄ってくる。
「若者たちよ……! あなた方が、米を腐らせていた悪い妖を退治してくれたのか!?」
「ああ。もう米が傷むことはないから、みんなで温かいご飯を食べてくれ」
錬が優しく微笑むと、村人たちは深々と頭を下げた。
「村を救ってくれて、本当にありがとう……!」
「困った時はお互い様さ。顔を上げてくれ」
錬が爽やかに語りかけると、少女たちも温かく微笑んだ。
感謝の笑顔を見せる村人たちの姿に、温かな気持ちを胸に抱きながら、一行は目的地である東の都を目指して再び街道を歩き出すのだった。




