第12-1話 子供の声と似た者同士
東の都へ向かう途中、妖が出るとの噂を聞きつけ、一行はとある活気ある町へと足を踏み入れた。
街道沿いには賑やかな商店が立ち並び、行き交う人々で溢れている。一見するとごく普通の平和な町だが、どこか人々の表情には落ち着かない不穏な影が落ちていた。
そんな町の一角。大きな寺子屋の建物から、子供たちの元気な声が聞こえていた。
「いろはにほへと、ちりぬるを……」
通り沿いの軒下を覗くと、子供たちが小さな背中を丸めながら懸命に筆を走らせている。読み書きや計算を学ぶ、この時代ならではの温かな風景だ。
「へぇ、手習いか。人間は子供のうちから熱心だねぇ」
コマが錬の肩の上で感心したように尻尾を揺らす。
「ええ、文字が読めることは生きていく大きな力となりますもの。素晴らしいことですわ」
楓が深く頷き、扇子を静かにたたんだ。
激しい妖との戦いを続けてきた一行にとって、こうした日常の光景は心やすらぐ憩いの時間だった。
「……圭は、子供がちょっと苦手だな」
圭が小さな声で呟いた。頭の耳を力なく伏せ、居心地の悪そうな顔をしていた。
その時、寺子屋の師匠が困り果てた様子で外に出てきた。話を聞けば、最近この付近で妖が現れ、子供たちが怖がっているのだという。
「子供たちが一生懸命学んでいる場所を荒らすなんて、放っておけないな」
錬の言葉に仲間たちは頷く。
「渚と灯、楓とコマは町で情報を集めてくれ。俺と圭は寺子屋付近を調べてみるよ」
渚たちは聞き込みへ向かい、錬と圭は寺子屋の裏手へと回った。
◇ ◇ ◇
寺子屋の裏手にある小さな庭。木漏れ日が柔らかく差し込む古い井戸の脇で、圭は静かに足を止めた。
子供たちの元気な声を聞きながら、圭は俯き、ポツリポツリと語り始めた。
「……圭ね、子供の時に親切な人に拾われて、寺子屋に通わせてもらってたの。圭の故郷ではね、男女関係なく通える場所だった。でも……この獣のような耳と尻尾のせいで周りの子に笑われて……『変な姿』っていじめられて、逃げるように村を飛び出したんだ」
寂しそうに目を伏せる圭に、錬は胸を痛めた。
「それからずっと一人で旅をして……お腹をすかせて倒れそうだったとき、灯ちゃんに助けてもらったの」
圭は着物の裾を小さく握りしめる。
「だから……子供たちの声を聞くと、……ちょっと怖くなっちゃうんだ」
話し終えた圭の肩に、錬はそっとやさしく手を置いた。
「俺もずっと、魔法が使えない人間だからっていじめられて、ずっと孤独だったんだ」
「……うん」
圭はゆっくりと頷いた。錬がどれほど悔しい思いをして生きてきたか……それを痛いほど分かるからだ。
「他人と違ったり、欠けていたりして傷つく夜はあるよ。でも、辛い過去があるからこそ、今の圭は誰よりも優しくなれたんだ。それに俺は圭のその耳と尻尾が好きだよ。」
錬が静かに、まっすぐな瞳で語りかけると、圭の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
(錬ちゃん……ずるい……)
照れくさそうに両手で耳を押さえる圭。ふさふさした尻尾がパタパタと激しく揺れ動く。
胸の奥の傷が、錬の温かな言葉によってすーっと和らいでいった。
――その時、物置の陰から不気味な音がいびつに響いた。
物置に収められていた竹ほうきと周囲の枯れ木が生き物のように動き、何本も絡み合いながら巨大な人型をなしていく。胸元には、黒い紋章が刻まれていた。
「妖か!」
「うん……! 任せて、圭が足止めするね!」
圭は小さな刀を抜き放つと、大地を力強く踏みしめた。
「大地よ、揺らぎて悪しきを縛れ!」
圭の静かな叫びに応えるように、庭の地面が地響きを立てた。そして、幾重もの重厚な土の塊が隆起し、ほうきの妖の両足を挟み込んだ。
「今だよ、錬ちゃん!」
「おうっ!」
錬が握りしめた黒石が、眩い黄金の輝きを放つ。錬の両手から溢れた温かな金の光は圭の土の魔力と重なり合い、ほうきの妖へ一直線に突き進んだ!
ドオンッ――!
二人の合体した光がまっすぐに胸元を貫き、黒い紋章を粉々に砕き割る!
黒い邪気が一瞬で散り、大きな音を立てて転がったのは、ただの竹ほうき数本と枯れ木だった。
「やったね、圭! すごい威力だったよ!」
「ふふ、圭の力、すごかったでしょ……!!」
二人が顔を見合わせて笑い合っていると、騒ぎを聞きつけた渚、灯、楓、そしてコマが駆け戻ってきた。
「二人とも、大丈夫でしたか」
「あ、れ?もうやっつけちゃったの!?」
そして、寺子屋の子供たちが物陰から顔を覗かせ、無邪気な声を発した。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、すごい! ありがとう!」
「お姉ちゃん、すごくかっこよかった! それにお耳と尻尾、すごく可愛いね!」
ありのままの自分に向けられた無邪気で温かな眼差しに、圭は一瞬固まったあと、嬉しそうに耳を揺らした。過去の傷に怯える胸の痛みは完全には消えなくとも、あの頃の恐怖だけは、少しだけ遠ざかっていく気がした。
「よかったね、圭」
隣で優しく囁く錬の言葉に、圭は満開の可憐な笑顔を咲かせ、そっと錬の袖を握りしめた。
寺子屋に漂う墨の匂いも、子供たちの笑い声も、もう怖くはなかった。




