感情の履歴書よりも計画書を見せてくれ(先輩と後輩)
「後輩よ、その前に俺が気持ち悪いと最初に思ったのは動機と行動なんだよ」
「動機?それ簡単ですよ、僕習いましたよ」
「そうか?言ってみろ」
「天下を取りたかった」
「信長に叱られ面子を潰された」
「四国政策で振り回されていた」
「朝廷関係」
「長年、無茶ぶりされていた」
「なるほどなぁ、
理由になりそうなものは、いくらでも出てくるけどなっ、
でもなそれって、『だからこの日信長を殺す』まで繋がってるか?」
「えっ?」
「犯行の動機ってめちゃくちゃ大事なんだぞ。行動に対する原動力なんだから」
先輩はパーンとエンターキーを叩いた。
たとえば、忠臣蔵の殿中刃傷みたいに、
長年積み重なったものがあって、最後の最後に吉良の一言で感情が爆発したというなら
感情の爆発が動機だ。
その瞬間なら、斬ったあと自分や家臣お家がどうなるかなんてブレーキはかからん。
死ぬかもなんてそんなことも頭から吹き飛んでいる。
「もう我慢ならん!」
人間の感情がそこまで爆発することは知ってる。
しかも色々諸説あるよな?信長が小姓にも明智を打たせて屈辱を味わったとか。
その屈辱の事件は書くが、明智は手を出してねぇ
守られてるから、手を出せなかったと言うなら、そんなの感情の爆発じゃねぇよな?
理性が働いてる。
じゃー殿中刃傷と同じその前段階だ。
まさか史料に残らないところで、明智光秀の妻や娘が酷い目に遭って川にでも捨てられたのか?
息子の皮でも剥がされ太鼓にでもされたか?
料理を2種類も作らされたか?
だから、ふつふつとした積年の恨み……それならもっと至る所に明智光秀の悲しみや資料がある。
不自然な死が残ったりする。明智光秀はそこまでの無名武将では無い。
当時無名だったとしても、400年、時の人だぞ?
史料の何処にも何も出てこないのはおかしい。
「だから、この日に、この軍勢で、信長を討つ」
という一番大事なところが、見えてこないから気持ち悪いんだよ。
四国の件もそうだ。
外交やってるならそんな政策変わるなんて腐るほどあっただろうに、
2度程手のひら返しされて、軽んじられたから……
現代社会人でもあるだろ?契約直前の手のひら返しなんて。
そんなんで代表取締役殺してたら日本の人口もっと少ねぇよ。
では、百歩譲って、突発的でも計画的でもいいが、その後なんだよ。
まず、死ぬつもりならその場か、数日後でもいい、誰かに討たれる前に、信長の首を取った事で満足なら自害すりゃいいがしてない。
自害覚悟の謀反でもない。
しかも西尾武将には、信長親子悪逆だから殺しました。
味方にさせる理由は、悪逆を討ち取った私が正しいから味方になってと……
おいおい、西尾さん織田軍だと古参ですよ?
古参ファンに、軍事上必要な重要拠点だからと言って、急に文章でお前の推しは悪逆だから推しやめて俺と手を組もうと持ち掛けるか?
悪逆って言葉の意味400年前も今もほとんど意味変わらんぞ?そして細井には朝廷?わからん。
わかるのは明智光秀はどうにかして生きようとしてる。
なぜ?
生きたいなら、動機で良く言われる「天下を取りたかった」説だよな。
織田信長と2代目の信忠も京にいるから一緒に殺した。
ふむ、で?その次は?
織田家臣団がいる。
秀吉がいる。
勝家がいる。
家康がいる。
毛利もいる。
細川もいる。
いや、だから、どうやって?
天下って信長の首を取ったら自動的に付いてくるのか?
そんなAmazonやUberみたいな≪即日天下お届けサービス≫あったか?
ましてやお菓子のオマケでもない。
本当に天下取りを考えていたなら、考えることは山ほどある。
まさか、「殺した後のことは、その時の俺が何とかする」という、
ものすごく雑な人生設計したの?
しかも光秀、当時の年齢には諸説あるが、三説ほど並べて平均すればおおむね還暦前後。
60歳、還暦前後で、あの時代でそれやるのか。
光秀おじいちゃんの知略を疑っているわけではない。
むしろ、知略のある男が本当にそんな雑な行き当たりばったりで織田信長を殺すと
本気で言ってる歴史家をぶん殴りたい。
「感情の履歴書はいいから作戦計画書を見せてくれ!
誰か俺に作成計画書!明智光秀の一次資料をくれ!」
「先輩、僕も話を聞いてると不思議になりました。あはははは
感情の履歴書はいいから作戦計画書を見せてくれって名言すぎるでしょ!
たしかに『信長にパワハラされたから』とか『四国政策を翻されたから』『天下を取りたかった』とか、
歴史の授業で習う動機って全部ただの退職理由であって、殺人計画では無いんですよね」
「そうだろ?それぐらい弱いと思うんだ俺は。う~んまぁ不合理な感情で動くから人間なんだけどそれは1対1ならまだ納得いく。ただなぁ、13000の軍を動かすんだよなぁ」
先輩は満足そうに頷き、クルクルとペンを回しながら、
「あの明智光秀だぞ? 織田家随一の行政官僚で、内政も城郭構築も兵糧のロジスティクスも完璧にこなす『超・仕事できる男』だ。
その男が還暦前後になって、ノリと勢いで『とりあえず社長(信長)消して、そのあとの経営はその時の俺がなんとかする!後で考えよう!』なんて出たとこ勝負するのか?」
「しない(笑)そんな雑なやつ、仮に計画書あっても、最初の1枚目で『ターゲット消害後のステークホルダー(秀吉・勝家・家康)へのアプローチとリスクヘッジはどうなってんの?』って先輩ならビリビリ破りますよね」
「まぁーな本当に天下を取る気で謀反を起こしたなら、
細川や筒井への事前の根回し(念入りな誓紙交換)
秀吉の中国大返しを想定した備中方面への手配
安土城の即時占拠と織田家の財産の確保
信忠を含む織田一族の確実な処理
これらが『実行前』に完了していないとかなりおかしい。なのに、史料の光秀の動きはあまりにも後手後手だ。細川にはフラれ、筒井には日和られ、山岡には瀬田橋を焼かれ、勝手に世間から『謀反』認定されてパニックになってる幼稚園児。いや、違う政治的思惑と世論を止めたいとまで読める」
「またそういう変な事を言う」
「変じゃねぇよ。一貫性のない各武将への書状はそう読めるんだよ」
「じゃあ、先輩。もし光秀が本当に『天下取りの作戦計画書』なんて、最初から持ってなかったとしたら?」
「持ってないなら、明智光秀が作っていたのは、『毛利攻めの援軍として中国地方へ向かうための計画書』だけだ。つまり『謀反の計画書』なんて最初から存在しなくて、『援軍の計画書』しかなかった。
だが、本能寺が燃えた瞬間からそれが謀反計画書ってタイトルに上書き保存された」
「ほわぁ」
「その結果、後世の歴史家は、存在もしない『謀反の計画書』の中身を必死に探してる。
謀反の計画書フォルダーはあるのに中身が違う!
見つからないもんだから、代わりに『信長に叱られたから……』っていう感情の履歴書を添付したんだよ」
先輩は、コーヒーを一口飲みながら、
「どいつもこいつも還暦前後のベテラン官僚を、突然『感情を抑えきれずに会社を爆破したヤバいおじさん』と言う、サイコパス野郎に転職させたんだ」
「でも、それって……強引すぎません?」
「何が?」
「いや、天下取りの準備がなかったからって、最初から天下取りじゃなかったとは……」
「別に『絶対に違う』なんて言ってないだろ」
先輩は、ペンをクルクル回しながら、
「ただな、こっちは一次資料を探してるんだ。『昔からそう言われてます』って言葉で言うなら敦盛だっていつ本能寺に入ったんだよ」
「敦盛?入った?」
「そうだよ。信長が本能寺で敦盛を舞ったっていう、あの有名な話だ」
先輩はペンで机を叩いた。
「いつから本能寺では、史実で確認出来てないことでも何でも起きたことにされる場所になった?」
「……」
「だから強く疑っていいんだよ。
『天下取りだった』と言うならその後は?『感情が爆発した』と言うなら、
何が爆発させそれが軍事行動に繋がった?『謀反だった』と言うなら教えてくれ!」
先輩はそこで、
「あっ、そうそうもう一つあるだろ?」
「もう一つ?」
「本能寺っていうと必ず出てくる、あの台詞だよ」
「ああ、『敵は本能寺にあり』ですか?」
「それ」
「これだって、『光秀が本能寺へ向かう途中で実際に言った』という一次資料があるわけじゃない」
「まあ、そうですね」
「でも有名だ。だからと最初から捨てるつもりもない」
「え?」
先輩はペンを置き、ニヤリと笑った。
「しゃーない。こっちのIFでも使わせてもらおうじゃねーか」
「使うんですか?」
「使うよ。ただし、意味は反転する」
「反転?」
「敵は本能寺にあり。文字どおりなら、『敵が本能寺にいる』って意味だろ?」
「そうですよ?……ん?」
「だから、俺のIFは、光秀が本能寺にいて、そこにいる御館様を守ろうとしていたとしても、おかしくない」
「でも、それだと……」
「そう。今まで『信長を討つための言葉』として読んでいたものを、
こっちのIFでは『護衛の明智兵に告ぐ、敵は本能寺にあり』と、
御館様を守れって明智軍に言ったんだよ」
「同じ台詞なのに、意味が逆になる(笑)」
「だから言ってるだろ?気持ち悪い話なんだよ。この本能寺の変は」
「……」
「そもそも、『信長、本能寺にあり』じゃねーもん(笑)」
「そこですか!?」
「そこだよ(笑)」




