率直に聞こう!首はどこ?(先輩と後輩)
「うわー先輩、物語上手ですねーで?何がきっしょなんですか?綺麗ですよ?むしろ明智光秀さんいい人というより、可哀想ですよ?」
「いや、IF書くのに史実ずっと追いかけてたら、気持ち悪いんだ!どいつもこいつも!本人達も歴史家も」
「はい?」
いいか?なぜか、この6月2日の時だけ、戦国武将たちは火災に対して初心者になっている。
「火災だったから、首級が残らなかった」
そうなのか?
この時代、それまで一度も城が焼けたことがなかったのか?
火を放たれたことも、建物が燃え落ちたことも、人が焼け死ぬこともなかったのか?
そんなわけがない。
戦国時代である。
城を攻めれば火を放つ。
城が燃え、人が死ぬ。
そして戦が終われば、誰が死んだのかを確かめ、首級を取る。
それを、この時代の武将たちは何度も経験している。
なのに、なぜか本能寺と二条御所だけは、
「火災だから仕方ありません」
で、すべてが片付いてしまう。
便利である。あまりにも便利である。
しかも、信忠については『信長公記』に、かなり具体的な記述がある。
信忠は二条御所で追い詰められた際、
『後にはこの中へ入れ、骸骨を隠すべき』
と命じたとされる。
そして介錯を鎌田新介に命じ、切腹した。
つまり、
「信忠が遺骸を隠すよう命じた」
という話そのものは、単なる現代人の想像ではない。
史料に残っているからこそ疑問。
「隠した場所を明智軍は知らなかった?」
「隠した事を明智軍は知らなかった?」
なるほど!そうか!
で?だから、何だ?
かくれんぼなら、探す側は鬼だ。
鬼が、「どこだー!」と探し回る。
隠れている側が、「ここに隠れました!」と、教えてくれる必要などない。
なのに、鬼は「火災だー!」「うわー、燃えてるー!」「じゃあ探すのやめよう!」と、
言ってる。えっ?なんで?
では、二条御所はどれほど広かったのだろう。
京都より大きかったのか?
東京ドーム1万個分以上とか?
京都全体より大きい御所だったから、信忠一人を見つけられなかったのか?
では、明智軍はどこまで探した?
そもそも、信忠を探すために、どのような捜索をしたのか?
ここが分からない。
明智軍側の一次資料が無いからだ。
「火災と隠した」
という二点だけで、首級の不在説明も、遺骸の不明も、捜索の不明も、
全部まとめて説明してしまっていいのだろうか。
先輩はペンを指先でくるりと回しながら、トントンと叩いた。
「戦国時代の連中だぞ? 焼けた城の跡から首級や遺品を探し出して『これ確かに〇〇の首にございます』って確認するなんて、
それこそ彼らのプロの仕事であり日常茶飯事だったはずだ。
なのに本能寺と二条御所だけ『燃えたから分かりませ〜ん』で全員納得して諦めてる。
なんなら現代の歴史学者まで『火災で焼失したため首級は残らなかった』って、ドヤ顔で解説してるんだ」
「都合が良すぎますね(笑)」
「そう、あまりにも『全員にとって都合が良すぎる』んだよ。
信長の遺体がないのも、信忠の首が見つからないのも、全部『火が強かったから』『隠したから』でスルー」
後輩は身を乗り出し、俺のデスクに広げられたメモを覗き込んだ。
「じゃあ、先輩のさっきの『IF物語』みたいに、そもそも明智軍は謀反なんてする気ゼロで、
本能寺に駆け込んだのも『信長様を救うため』『火を消すため』『敵を探すため』だった?」
「そう考えると、全部の辻褄が綺麗に合っちゃうんだよ。
明智軍は、そもそも『信長を討ち取って首を掲げるため』に捜索なんて最初からしてなかった。
だからこそ敵将の首級じゃないから探し方が違ったまで考えてる。
彼らが必死に探していたのは『信長様を襲った真犯人』と『信長様の無事』だけだったんだから。
首を切り落として手柄にする発想自体が存在しない。
だから明智軍の記録のひとつ本城惣右衛門(覚書)には『首を取った』とは書いてあっても、
信長の首を取ったとか、織田軍の首と書いてないんだ。
そして、
『光秀が謀反を起こして信長を討ち取った』っていう歴史の筋書きが作られた時、致命的な穴が残った。
『じゃあ信長と信忠の首はどこ行ったの?』っていう最大の穴だ。
そこで出てきた魔法の言葉が――」
「「火災だから仕方ありません」」
僕たちの声がハモった。
先輩は背もたれに深く体重をかけ、天井を見上げた。
「本能寺は本当に出だしから気持ち悪いんだ」
「出だし?」
「俺のIFで光秀が軍装を見せたいって言ってるのは、400年の間、謀反を隠すための口実だと言われてる」
「でも、1次史料というか、公式ではそう書いてるんですよね?」
「そうだ。だからこそ俺はそこが逆に気になるんだ」
「……?」
「もし本当に口実だったなら、軍装である必要なくないか?」
「ん?軍を動かす理由が必要なんですからいいのでは?」
「だったらもっと簡単な言葉があるんだよ。『御館様から召しがあった』ので、京に行く」
「……あ」
「これでいい。または、『御館様へ出陣の挨拶に行く』でもいいし、
『御館様に呼ばれた。皆、お言葉をいただけるぞ』でもいい」
「なるほど!そっちのほうが兵も納得しそうですね」
「だろ?」
「しかも、『御館様に会うんだ。しっかり準備しろ』で、軍の準備まで整えられる。
誰に何を聞かれても『呼ばれたから』の一択で済むほうが、まだスッキリしないか?」
「あぁぁ、先輩違います。きっと誰かに確認されたら困るので、御館様の名前は使えなかった!」
「ばぁぁか、あの時代上からの命令は基本イエス・サー。それは本城惣右衛門のどこに行くのか知らないって記述でもわかるだろ。
総大将明智光秀が言った言葉が変だからと、直接本能寺に聞きに行くヤツなんていない(笑)
どうせ疑うなら、軍装を見せに行くって言葉の時こそ、歴史家たちはもっと疑えよって話になるだろ?」
「……」
「軍装だぞ?社長にいい服だから見せたいってそれが謀反するやつが兵動かす時に使う口実か?」
「確かに……」
「俺のIFでは、そのまま使った。でも、「史料どおりの『軍装を見せに行った』を信じられないなら、
せめて『口実として合理的だったのか』まで考えろ。
俺は反対に実際この口実で軍動かしたと思ってる歴史家や考証家に文句言いたいね。
馬鹿だろ、謀反人フィルターで見すぎだぞと。
それと、13000人で囲んだのは明智だ!とその一点張りで、いいか?後輩
考えろ織田は最小30人最大で160人と史料から読んだとしてもだ!」
「はい、先輩。160人が最大なんですか?」
「そうだ、でもな、160対13000って81.25倍、30対13000なら433倍なんだ」
「ん?なんですか、そのオーバーキル戦力」
「桶狭間でも戦力差は、約8倍~12倍。この戦力差をひっくり返しての勝利だからすごいんだ。
なのに、どの戦いも見ても基本ここまでの戦力差なんてない。
81倍~433倍ってどんだけ信長のこと怖がったんだよ」
「やばいです!その差」
「どの歴史家もここをまるで無いものとして扱うのから、
お前ら何をみて明智を有罪だと言ってるんだと!」
「先輩、怒ってる?」
「怒ってねーよ。ただな、忠義と仕事熱心さで務め上げてきた男を、
信長親子は炎の中に消え、光秀は『謀反人』に仕立て上げられた。
後世には、あまりにも雑で都合のいい報告書だけが残った。
これ、史上最大のシステム障害であり、隠蔽工作じゃね?って感じるだけだよ」
「なら先輩。それ、もうちょっと詳しく聞かせてくださいよ。二条御所から瀬田の橋まで行った先輩の『きっしょい真相』を――」




