誰が、俺を謀反人にした―無念
村井とほぼ同時に本能寺に着くが、
本能寺は既に炎に呑まれ、焼け落ちた後だった。
辺りにはまだ煙が残り、焼けた柱、崩れた壁、炭になった木材。
敵か味方かわからぬ死体。
村井も沈黙し、この惨状をどうしようか悩んでいるのか横顔からは読み取れないまま、
やがて、自分に視線を向けてきた。
「惟任殿」
「なんだ」
「畏れながら……謀反との声が上がっております」
「馬鹿な!私は御館様をお守りしていた」
「一万の軍勢で?」
「御館様の御許しあってのことだ」
「……申し訳ございません。すべてを鵜呑みにできませぬ」
「……ッ!村井……言には気をつけろ!」
「明智光秀公」
村井は俺と焼け跡を数回往復したあと、熱もない冷静な声で、
「貴公が私の立場なら、鵜呑みにいたしますか?」
「……」
(自分が村井の立場なら、同じことを問うことはわかる。本能寺は焼け落ち、御館様の姿はない。
そして、その周囲を一万を超える明智軍が取り囲んでいた。
どれほど自分が「御館様を守るためだった」と言ったところで、
今更ながら、外部から見ればそうは見えない点が多い、多いが……何故だ、この俺が何故こうも……)
「惟任殿、一つ確かな事は、このままでは事態は好転致しません。
また、ここは朝廷のお膝元、京です。軍をお引き頂きたい」
「……」
「謀反でないなら、尚更でございます」
「忠告は受け取った。失礼いたす」
自らの軍勢のもとへ戻る中、頭の中では、御屋形様の言葉が木霊する。
『門を開けよ。火を消せねばならぬ』
俺は確かに聞いた。
だが、本能寺はあまりにも早く炎に包まれた。
御館様が討たれるところを見たわけではない。
遺体を確かめたわけでもない。
なのに、世間ではもう『明智謀反』と騒ぎ立てている。
もし本当に御館様があの炎の中で亡くなられ、謀反なら、なぜ首がない?
首がないならば、生きておられるのでは?
ならどこへ向かわれる?
京の中で身を隠すには隠れ場所は多いが、この状況下なら危険も大きい。
ならば、信ある者のもとへ向かわれるはず。
近くにいる者で、俺以外に御館様が頼ることのできる者。
「山岡!」
御館様が生きておられるなら、
あの方が向かわれる先として、これほど自然な場所はない。
俺はすぐに使者を呼んだ。
「山岡のもとへ使者を飛ばせ」
「はっ」
「そして軍を引かせよ。全軍、亀山城へ向かわせよ」
一万三千の兵は、六月一日以来、休みなく動いている。
兵も限界が近い。
そして京に留まり続ける必要もない。
同日 一六時
「殿、なぜ山岡殿は橋まで落とされたのでしょうか!?」
「利三、わからぬか?橋を落としたのは、御館様は生きておられるからよ」
「殿……?なにを?山岡殿の仕打ちは、酷すぎと申し上げているのです」
「……違う。御館様がいるからこそだ。ただし、御館様は相当危険状態なのであろう。
混乱の最中発砲音まで聞こえていたと聞いておる」
「ならば……殿と協力するのは当たり前では?」
「利三、橋を落とすと言う事はしばらくは誰も渡れん。
しかも山岡は城まで焼いた。痕跡を隠したいのだろう」
「まさか、なら余計わかりませぬ!なぜ同心を断るのです!
殿は人質まで出すと両手をあげてるではありませぬか!」
「俺と山岡は、御館様に仕えてきた年月も歳も大差ない。
俺も山岡なら同じ事をする。俺の謀反の話が流れてるなら尚更。
敵味方が不明な状態、だからこそ『中々同心申すまじき』なのだ」
「殿……」
「それより、俺には信忠様がまさかの自害を選ばれるとは……しかも既に聞こえてくるのは、
この明智光秀が攻め込んだからと。
どうしてそうなる?なぁ、利三よ。儂はそのことの方が不思議過ぎて気持ち悪いのだ」
「殿……謀反など一時の混乱の流言でございます」
しかしこの後、山崎で羽柴秀吉軍に討たれるまでの12日間は、
どこへ行っても、門前払いのうえ、返事は判で押したように同じ。
「……なぜだ?」
どこへ行っても、誰も話を聞かぬ。
まるで、自分が謀反人だと決められている。
政治的判断だとしても、何故ここまで?
「俺が……謀反人?ならば、なぜ御館様の首を信忠の首を掲げておらぬ?首を掲げてこその打ち取りだろうに!!」
家臣は一同誰も答えない、皆、顔を下げ目を伏せている。
「俺はそこまで馬鹿なのか?皆も、俺をそこまで馬鹿だと思っておるのか、この俺を……?」
止まらぬ自虐と不快感に、奥歯が音を立てた。
「この明智光秀が、そんな間抜けな真似をするか!!」
口の中のざらつきと血を吐き出せば、笑いが止まらぬ。
「ははっ……!……面白い!実に面白い話だ!」
笑えば笑うほど、頭の芯だけはどんどん冷えていく。
「誰だ?……誰が、俺を、謀反人にした?」
_◇◇◇◇_
「謀反人、明智光秀!見つけたぞ!追え!」
山道に追手の怒声が木霊する。
松明を掲げた者や、刀を抜き険しい顔でにらみつけてくる者に、
呼応するように、刀を抜く。
「聞け!俺は御屋形様を護衛していたんだ!」
「問答無用!お主も一度は、『丹波に明智あり』と言われたほどの武将!!見苦しいぞ!」
(ここで死ぬわけには行かぬ、笑ってる黒幕を引きずり出し、御館様と若様の無念を晴らさねば!)
だが、応戦するも、気力も体力も削がれ、息は荒く、足も重くなっていく中、
斬っても斬っても敵が押し寄せてくる。
(くそ……このままでは……!)
「御屋形様の仇!討ち取ったりぃぃぃぃ!」
あぁぁ……御館様をお守りできず、黒幕も見つけられず、仇すら討てず、
自分はなんて、雑な絵に踊らされたのか……
この明智、あなた様の御前にて、合わせる顔がございませぬ。
――無念。
≪史料:『信長公記』巻十五より≫
「山岡美作・山岡対馬兄弟、人質出だし、明智と同心仕り候へと、申し候のところ、信長公御厚恩浅からず、忝きの間、中々同心申すまじきの由候て」




