その一言が不明で気持ち悪い(先輩と後輩)
「そんな感じで、誰か納得の行く説明をしてくれないかと探してたらどんどんきしょくなり続け、後輩の手を止めてしまったわけだ」
「そうですね……確かに変な話ですね」
「退職レベルの動機でよくまぁーみんな明智光秀が、謀反人と決めつけられるよな。
冤罪の仕組みそのまんまじゃねーか。
殺人が起こりました。現場で血のついたナイフ握り締めていました。
お前が犯人。被害者と揉めていたし、犯人。『拾っただけです』を、聞いて貰えない」
「でもでも先輩、証拠が残ってないだけって可能性もあるんじゃないですか?」
「そりゃあるだろ」
「え?」
「だがな勝者側が、後から決定的な証拠を出してないことも気持ち悪い」
「勝者側?」
「そうだ。考えてみろよ。羽柴秀吉が明智を謀反人として処理したんだぞ」
「はい」
「だったら、秀吉にとっては簡単だろ?」
先輩は指を一本ずつ折りながら続けた。
「『光秀は以前から信長様を討つつもりだった』 『こいつと謀議していた』
『これがその起請文だ』 『これが殺害計画だ』
はい、終わりと明智光秀の手記として、たった一枚いや、一通でも出てきて、それが残っていたら俺だって楽なんだよ。俺だって疑ってるんだぜ?」
「え?」
「本能寺の兵は明智光秀軍。結果として信長が死んだ。そりゃ疑うだろ?」
「まあ……そうですが……」
「なのに調べれば調べるほど、出てくるのは、
『光秀はこういう気持ちだったはず』『この言葉は謀反の決意だったはず』
『この行動は信長を討つための偽装だったはず』って……」
「はず、はず、はず!」
先輩の声が、少し大きくなる。
「豊臣秀吉よ、お前が勝ったんだろ!だったら、
勝者特典で『光秀は最初から謀反を企ててました』っていう、
誰が見ても分かる証拠を一枚くらい作れよ。
政治的誘惑とかも無かったのかって聞きたいぐらいだよ」
そこで先輩は、なぜか本気で納得できない顔をしながら、
「散々、智謀知略してきて、なんでそこだけ素直なんだよ。猿なんに。」
「先輩それ悪口ですよね?
落ち着いてください。だめです。えーと、お城は焼けてますし、本当は証拠を保全しようとしたけど、えーと」
僕は、ハンカチを噛む真似をしながら、
「『御館様の仇ぃー!きぃーっ!』って、燃やしちゃったんです。感情に負けて思わず燃やした!」
「お前も猿にかけてるのかよ(笑)なら、なんで亀山は使ってるんだ?」
「えっ?亀山城って燃やされなかったんですか?」
「あぁ、残ったぞ。他のお城燃やしたから、それで『きぃーっ!』って感情が収まったのか?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いほどでない?亀山から出立してるのに?
本当にきっしょいだろ?どいつもこいつも」
「そうですね確かに……んー先輩、もう気持ち悪いのないですよね?僕そろそろ仕事したいんですが?」
「あるぞ、気持ち悪いって言うか、俺はこいつらを馬鹿だと思ってる」
「えっ?先輩それまた悪口?もぅ、こいつらって誰ですか?」
「悪口じゃねぇよ、じゃーまず確認な」
そう言うと、パソコンで表示されたのは、『言経卿記』と『信長公記』を抜粋してあったが、僕は、漢字の洪水に溺れそうで、思わず睨みつけてしまった。
「睨むなよ(笑)まぁ、簡単に言うとだな、『言経卿記』によれば、天正十年六月二日、午前六時頃(卯刻)、明智勢が本能寺へ押し寄せたと書いているし、これも説が複数あるが、とりあえず、
午前六時に本能寺で火の手が上がって、午前八時前には誠仁親王が二条御所から避難し、
同じ八時台には信忠の最期まで進んでいる。
自害はや!おいおい、なんと最短で二時間しか経ってない!
京都の街中を兵が移動し、二条御所へ移動後、防戦したうえで、最後は自害まで最短二時間!
周りの忠告ガン無視の爆速意思決定!」
「えっ?二時間って、役員の災害時緊急オンライン会議でも、
『まず事実確認をしましょう』で終わる時間ですよね?」
「ちなみに俺は、自害したことがおかしいとは言ってないからな」
「?」
問題は、信忠は、最初本能寺へ向かおうとしていたが、本能寺はすでに落ちたと知らされる。
そこで二条御所へ入る。
二条御所で戦い自害する。
この間に、信忠は何を知り、何を確認した?
父・信長の生死の確認?
明智軍が、なぜ自分を追っているのか?
援軍の可能性は?
村井が籠城しましょうと進言しても、脱出の可能性は?
史料では、信長の弟は逃げてるよね?
しかも「籠城して耐える」という選択肢そのものが、
この時代の人間にとって未知だったわけではない。
だから村井も進言したんだろ?
二条御所では実際に激しい防戦があったと史料にはある。
『惟任退治記』系の記述では、信忠たちは明智勢を相手に「数刻防戦」したとされている。
戦力もあった1500人だと言われてる。
だが、何故その戦力を信忠の脱出に使わなかった?
『ここは俺たちが食い止める。その間に信忠様を逃がせ』
そういう選択肢は、本当に考えられなかったのか?
それとも自害をする、それが戦国武将なら当然だからだと、
簡単に片付けて美談にしていいのか?
黙り込んだ先輩につい、
「……でも先輩、信忠本人が『ここで腹を切る』って決めたんですよね?」
「だから何だ?」
「家臣、忠臣、小姓何のためにいるんだよ」
「……」
「信忠が死ぬって言ったから、はい分かりましたって全員で付き合うのか?
そこまで戦えるなら、決死隊を作れ。
半分が死ぬ気で敵を止めて、その間に残りが信忠を逃がせ」
「んーそうですねぇ、でも敵は大軍ですよ?」
「明智軍が二万だろうが何万だろうがなんだ?京だぞ?
急に明智軍は移転魔法でも使えたのか?魔法使い出てきたの?
全員が一ヶ所に同時に突っ込めるわけじゃない。もう一度言うぞ、京だぞ。
路地裏も門もある。建物があるんだ。
だったら、その数刻の防戦を『信忠を逃がす時間』に使うって発想はどこにいった?」
「じゃ~さっき言っていた、81倍とか433倍も京だとおかしくない?」
「1500対13000なら基本8倍だ。
イメージだと桶狭間ぐらいだ。そのうえで京だと言ってる」
「そっか~京だとしても81倍はやばいですね」
「そのうえで本人が『死ぬ』って言ったからって、次の天下人をそのまま死なせるな。
お前ら何のための家臣だ?信忠を逃がさない馬鹿集団か?
それなのに、織田信長の弟は逃がしたんだぞ?すっげー軽いよな、嫡男なのに」
「先輩」
「なんだ?」
「信忠様の家臣は素直と言う名のお馬鹿?」
「そこに気づいたか!わかるか?バカ殿とバカ家臣」
「僕、気になったので信忠の年齢見たら二十六歳ですよね?」
「そうだ」
「で、織田長益は、信長の弟さんで三十五歳」
「そうだな」
「叔父は逃げてるんですよね?」
「逃げてる」
「なのに、嫡男は逃がさないんですか?」
「逃がさない」
「いや、待ってください。別に長益様を馬鹿にしてるわけじゃないですよ?」
「ほう」
「たぶん、きっと……いい人だったんですよ!すっごく!!」
「なんで急にフォローした(笑)」
「だって、三十五歳の叔父さんが逃げて、二十六歳の嫡男が死ぬって聞いたら、
どうしても比較しちゃうじゃないですか!」
「人としてか?(笑)で?」
「いや、だから……その……信忠様の家臣団って、嫡男を守る気あったんですか?」
「さぁ?」
「だって、逃がせる状況を探すどころか、信忠様が『ここで死ぬ』って言ったら、
そのまま付き合っているんですよね?」
「そういう史料にはなっている。死ぬには付き合うが、逃がす事はしない。
まるで――白虎隊だな。何を誤解した?」
「う~ん、三十五歳の叔父は生き残って、二十六歳の嫡男は自害。
それを横で見ていた家臣たちは『信忠様のご意思だから』で全員納得は変ですよ?」
「んーまぁ、理由つけるなら、IFだぞ?
一応叔父は織田信長と同じ血で出来てて、
片方はほら、信長の血半分だからな!同じ血を選んだんじゃね?」
「なにその遺伝子判定(笑)おかしいでしょう!」
「おかしいから、俺は馬鹿だと言ってる」
「信忠様も馬鹿、家臣も馬鹿?」
「おい、後輩(笑)急に毒舌」
「それより先輩、この6月2日だけ、織田家の危機管理能力どうなってるんですか!」
「やべぇよな。ちなみに俺が嫌いな理由のトップは……」
「まだあるんですか?」
「火だ」
「火?」
「一つの史料では、信忠が御殿の四方に火を懸け、中央に籠もって切腹したと描かれている」
「でも、火については史料によって違うんですよね?」
「そうだ。明智軍側が放火したとする伝承もある。
だから、誰が火を放ったかは一旦置く。俺がこいつを馬鹿だと言ってるのは、
四方に火を懸けたという史料があるからだ、京だぞ?
民家もある。商人もいる。戦ってない人間なんてわんさかい。京は平原や野原じゃねぇ!」
「先輩、落ち着いて……」
「自分たちが死ぬのは勝手だ。
だが、周りまで巻き込む可能性のある場所で火を放つ判断を、何とも思わないのか?
しかもこの時代だって火付けは重罪だぞ!」
「でも、実際には京の大火には……」
「燃え広がらなかったから何だ?」
「結果と判断は別だろうが。燃えなかったから『放火は情状酌量にして』にはならねえよ」
「ですね……ねぇ先輩、マジでなんですかこの天正十年の六月二日!
僕、少し聞いてるだけなのに、
光秀も信長も他の武将たちも、果ては信忠まで。
歴史に名を残す名将たちが全員こぞって、
『火災初心者』『防衛初心者』『危機管理初心者』『戦国首取り初心者』『嫡男保護初心者』の、
初心者集団になってるじゃないですか!」
「そうだろ?気持ち悪いんだよ。全員がな。
そして、みんなの退却意見を聞かず、『僕は、死ぬからお前達も一緒に死んでね!
あっ、火は忘れずにつけて!四方からね!延焼?知らない。僕、死ぬからバイバイ』」
「先輩、それ言い方が最低すぎます(笑)」
「でも、記録だけ追うと、そう見えるんだぞ?」
「……」
「だから俺は、この六月二日が気持ち悪くてな、ここまで『分からない』が積み重なってくると、
俺は別のところも気になってくるんだよ」
「別のところ?まだあるんですかーー?!」
「カリオンだ」
「うーんと、カリオンは検索検索、あぁイエズス会のカリオン?」
「そう。こいつも、俺には分からん」
「そもそも『明智が謀反を起こした』と最初に誰が言ったんだ?」
「だれ?カリオンでしょ?」
「カリオンは聞いた側だ」
「でも、それを書いてるのはカリオンですよね?」
「だから、カリオンが嘘を書いたって話じゃない。
書いた奴と、最初にその言葉を口にした奴は別だろ?」
「確かに」
「俺が知りたいのは、その前なんだよ。
最初は教会の近くで騒ぎがする。『また町衆の喧嘩か、あるいは馬のいさかいか』くらいに思ってたとカリオンは書いてる。
ところが、その直後に慌てて誰かが飛び込んできて、『明智が謀反を起こした』と書いてる。
で、その慌てて飛び込んできた誰かって誰なんだ?」
「……」
「どこの誰なのか、服装はどうだったのか、所属はあったのか、織田の人間か?町の人間なのか、役人か?明智軍か?
しかもカリオンが自分で聞いたのか、それとも更に誰かから聞いたのを記録したのか。そこが分からないままなんだよ」
「でも、その人が嘘をついたとは限らないですよね?」
「だから、嘘かどうかの話をしてるんじゃない!」
(先輩が何を言いたいのかわからない……先輩、目が怖いです。嘘じゃない話なら何を言ってるのか)
「後輩」
「はい!先輩」
「ほら、オオカミ少年の話あるだろ?」
「オオカミ少年?童話の?」
「そうだ。羊飼いの少年が、オオカミが来たって叫んだってやつ。
俺たち、あれを聞いたら無意識に、「ああ、羊飼いだから」「オオカミを発見できる場所にいたんだな」って疑問を入れないんだ。これが街の教室にいた少年だったら総ツッコミだろうよ」
「あっ、羊飼という身元が、情報の背景になる?」
「そう。誰が言ったのかは、結構大事なんだよ」
「仮に、全く知らない奴の話を鵜呑みにする宣教師って、こいつも馬鹿か?」
「先輩、それ個人批判!」
「いや、だってヤバいだろ。神様の宣教師が本国に送る情報をだぞ?不確定なまま送るバ」
「めっ!」
「……だからな、白虎隊は、城が落ちたと勘違いした。
そのことを生き残った隊士が証言してる。
誰が言ったのかも分かるし、何を見て、どう勘違いしたのかも追える。
だから、少なくとも『なぜそう判断したのか』は分かるんだよ」
「そっかぁーだから信忠とカリオンが不明過ぎて……」
「何を見て、何を聞いて、誰の言葉を聞いて『明智が謀反を起こした』と決めたのか見えない。
この宣教師カリオンは、乞食が同じこと言っても信じたのか?神は平等だから情報の信用性も同じ?」
「先輩、それは全方位に危ないやつ!メッ!」
「……はい」




