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山岡(先輩と後輩)

「じゃー後輩よ、ここまで聞いた上で、これが俺のIFの答えの一つで、

【山岡と信長は一緒】にいたんだよ」


「はい?先輩のIFは好きですが、捏造は……敦盛と同じですよ?」


「理由はある。いいか?山岡景隆の件な、一番気持ち悪いのは、

『情報の伝達スピード』と『山岡の行動』なんだよ」


「情報の伝達スピードと行動?」


「そうだ。当時はスマホもFAXもない。馬か徒歩で情報を運ぶしかない。

京で事件が起きて、その情報が近江へ伝わる。

その間に情報が交錯して、大混乱になっていたはずなんだ。

そして、史料には六月二日に、明智光秀が京から直ちに勢田へ向かったとある。

だから俺のIFでは、ここを逆に使うんだよ」


「逆に?」


「本能寺で何かが起きた。その情報が完全には伝わっていない。

なのに山岡は、信長公に厚恩を受けた忠義者として、自分の城も橋も焼いて、山中へ退いた」


「はい。たしかに、極端とは言われてますよね」


「そしてもし光秀が本当に天下を取るつもりで謀反を起こしたんだとしたら、

なんで真っ先に味方に引き入れようとした相手が、根回しすらしてなく、

信長への忠義が厚い山岡なんだよ?」


「んーなんでか……お金持ちだったとか?」


「重要拠点にいる武将なだけで、金持ちでは無い(笑)そして、山岡の立場なら、明智光秀と戦うこともできるんだ。

山岡は極端な文系武将だった訳でもない。

普通に戦に出てるんだ。

だから、むしろ、『分かりました、同心します!ぜひ瀬田城へ!』って返事してから、

明智光秀を城へ誘い込んで戦うのも織田信長loveならおかしくないんだ」


「んーでも怖くないですか?相手は万の大軍ですよ?」


「相手は人質も出すって言ってるんだぞ?しかも少数での場整えぐらいなら出来るだろうよ。明智を討つと決めたなら」


「ふむふむ、確かに。それをやれば、織田家の仇を討ち取った大英雄ですもんね」


「なのに山岡は、光秀を城へ誘い込むどころか、橋を焼いて、自分の城まで燃やして、山中へ消えた……なんでそんな極端を選んだんだ?

理由が無いなら意味なくパニックになってるボケたおじいちゃんなんだよ。

だが、そこまで無能武将じゃないのは史料が証明済みだ。

山岡は織田信長が宿泊先にも使ってるし有能武将カテゴリーで見ていいんだ」


「でも先輩、それだけなら『明智光秀を信用しなかった』で説明できません?」


「信用しないだけなら他にも色々な行動を取れるのに、なんで極端な行動をしたんだってことが疑問なんだよ。結果、織田信長が山岡のところにいたとIFを置いたんだ」


「ほえ?」


「俺のIFではな、本能寺から重傷を負った信長公が逃げて、山岡のところまで辿り着いた。

本能寺から瀬田までは約十五キロ。

だから山岡は知ってた。少なくとも、本能寺で何かとんでもないことが起きたことを知った。

当然だろ?どんな花押やらどんな人物からの使者よりも、織田信長本人より優れた情報なんてない!」


「確かに!織田信長以上の情報源なんてないないですね!」


「だろ?でも、御館様がいるなんて、光秀には言えない。無論、他のやつにも言えない。

言えるわけねぇんだ。

誰が敵か味方か分からない状況で。

しかも重体ならなおさらだ。

だったら、信長がここにいることを徹底的に悟られないようにするしかない」


「だから橋を焼くんですか!」


「焼く」


「城も焼く」


「焼く」


「そして山中へ退く」


「そうだ。だから退いたんだ」


「敵味方が不明。重体の御館様。だから光秀から『同心せよ』と使者が来たとき、山岡が返答したのは」


「『信長公御厚恩浅からず、忝きの間、中々同心申すまじき』」


「そうだ、後輩、よく読めたな(笑)。まぁ、普通に読めば、信長公への恩があるから、明智には従わない。でも俺のIFなら違う」


「はい!僕も理解しました」


「『恩ある殿がここにいる。今はお前と同心することも、殿の居場所を教えることもできない。だから、これ以上ここへ来るな』だ」


「ですよね」


「山岡は、光秀を敵だと断定して逃げたんじゃない。信長公が重体でここにいて、情報がめちゃくちゃになっているからこそ、何も喋らず、橋を焼いて、城を焼いて、織田信長の痕跡ごと消したんだよ」


「おぉ、それなら、山岡さんの行動が全部つながる」

「だろ?」

「光秀も、それを察した?」


「あぁ、光秀も気付いた。謀反人とされる光秀が真っ先に忠義者の山岡を勧誘したんじゃない。

人質もだす、俺を信じて一緒に御館様を守ろう(同心)って送ったんだよ。

だが、あの回答を聞いて仕方ないけど坂本へ戻る」


「史料に残っている『山岡が橋を焼き、城に火を懸け、山中へ退き、光秀が坂本へ戻った』という行動自体は同じなのに」


「そう。行動は変えてねぇ」

「意味だけが変わってる……」

「歴史の面白いところだろ?」

「……先輩のif、やっぱり怖いですね」

「だから面白いんだよ(笑)」


6月2日(朝): 本能寺の変発生。


6月2日(午後): 光秀は京都を出て近江へ向かい、瀬田へ進む。


6月2日(午後): 光秀は山岡景隆(瀬田城主)に使者を送り、「明智と同心せよ」と勧誘する。


6月2日(午後): 山岡景隆は光秀の申し入れを拒み、「瀬田の唐橋を焼き落とし、城にも火を懸け」自らは山中へ退く。


6月2日(夕刻): 光秀は瀬田橋を渡れず、坂本へ戻る。


出典確認元:


『信長公記』該当箇所(山岡兄弟への「明智と同心仕り候へ」、拒否、「勢田の橘を焼き落し」「山岡兄弟居城に火を懸け」「山中へ引き退き候」「明智日向守、坂本へ打ち帰り候」)

一般社団法人 明智継承会「史料年表」――天正10年6月2日の項で、本能寺の変と山岡兄弟による勢田橋焼却、光秀の坂本帰城を整理。

大津市歴史博物館「瀬田城跡」――瀬田城の所在地、山岡景隆、天正10年の瀬田橋焼却について確認。

亀岡市公式「歴史上最大の下克上『本能寺の変』とは」――6月2日午後4時頃に光秀軍が瀬田に到着し、山岡景隆が瀬田唐橋を落としたため安土行きを断念

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