ここはどこ?
コンビニを出ると、さっきまでの快適な空調が嘘のような外の湿気に、嫌気が差した。
「先輩、ナポリタンにおにぎりって、炭水化物に炭水化物じゃないですか」
「うるせぇ。食いたかったんだからいいだろ」
しかも、先輩は僕よりずっといい身体をしているくせに、食事だけ見ると妙に豪快だった。
「後輩は、ハンバーグ弁当に、プリンに水と激甘炭酸にチョコとグミ、お前、またそんな、菓子ばっかり買って」
「そういう先輩は、ビールに……鮭とば。相変わらず渋いチョイスですね」
「いいだろ、別に」
「僕、先輩の食生活がよく分からなくなってきましたよ」
「お互い様だろ。行くぞ」
「はいはい。ウチでいいんですよね?」
「あぁ、ベタつくな、シャワー浴びてぇ」
僕たちは、いつもの様に歩きだし、いつものように、くだらない話をしながら帰る――そのはずだった。
少し歩いたところで、僕は足を止めた。
「……先輩……」
「……どうした、後輩?」
「ここ……どこですか?」
「奇遇だな。俺も聞こうと思ってた」
僕は、辺りを見渡したけれど、見覚えのある建物も道路もなく、さっきまで歩いていたはずの住宅街は、どこにも見当たらない。
それどころか、舗装された道路すらない。
咄嗟に先輩のジャケットの端を掴んでしまった。
「先輩?」
「……しらね」
「落ち着いてますね?」
「いや、フリーズ中」
そう言った先輩は、本当に固まっているのかわからないけど、僕は僕でもう処理落ちしそうだった。
だって、目の前に広がっているのは、どう考えても……
「伝令馬が通るぞぉおおおおお!」
「え?」
遠くから叫び声が聞こえたかと思うと、馬の蹄の音が急速に近づいてくる。
「先輩!」
「後輩!」
僕達が振り向いた瞬間、誰かに腕をぐいっと引っ張られた。
「ちょっと、あんたら!何やってんだい!」
「えっ?」
「伝令馬が通るぞぉおおおおお!」
「うわっ、ぺっ、ぺっ!」
驚いてる間に、目の前を馬が駆け抜けていった。
舞い上がった土煙が一気に僕たちを包み込み、僕は思わず口を押さえたが、遅かった。
「めっちゃ煙すご……ペッ」
「だから危ないって言っただろうに」
腕を引っ張ってくれた女性が呆れたように僕たちを見る。
そして、僕たちの服装を上から下まで眺めると、少しだけ眉をひそめながら、
「あんたら、イエズス会の人かい?気をつけなさいよ。いやだよ、南蛮と揉めごとなんて」
「……え?イエズス会?」
聞き返した僕を女性はさらにじっと見たあと、今度は不思議そうに首を傾げた。
「あら?私の言葉がわかるのかい?お目目は青く髪は金色な南蛮さん。お目目綺麗ね」
「えっ、あの……お姉さん、ありがとうございます?」
「いた、先輩!首折れるからやめて」
何を褒められたのか分からなけど、とりあえず頭を下げた僕に対して、ゴキって音がなるレベルで無理やり
「お前、その目、カラコン!青か」
「そうですよ?今日は青の気分だったんで!」
「いや、そういう問題じゃねぇ」
先輩は頭を抱えたあと、僕と女性を交互に見ている。
「おふたりさん、イエズス会なら向こうですよ」
「あ、ありがとうございます」
「……先輩」
「なんだ?」
「本能寺あったりして……」
「あぁ、本能寺は、イエズス会の隣よ。気をつけてね」
女性が何でもないことのように答える。
「…………」
「…………」
しばらく、僕たちは何も言えなかった。
だって、さっきまで僕たちが話していた場所が、そこにあった。
歴史の教科書の中にしか存在しないはずだった、本能寺が。
「先輩、やっぱりこれって……」
「マジか……ラノベ大好き、過去戻りか?」
「先輩、トラックも魔法陣もなかったですよ!?」
「トラックと魔法陣は異世界転移だろ?」
「神様にも会ってないですよね?僕たちって猫助けました?」
「俺は助けてねぇ」
先輩はそう言いながら周囲をもう一度見渡し、
「とりあえず歩くぞ」
「どこへ?」
「知らん」
「先輩!」
「俺も初めてなんだから仕方ねぇだろ」
そう言いながら歩き出す先輩の背中を、僕は慌てて追いかけた。
しばらく歩くと、
「先輩」
「あぁ、イエズス会だな」
「読める僕って凄いですね。ポルトガル語なんて知らないのに」
「日本語だろ、これ」
「この、ぐにゃぐにゃがですか?」
「草書なら、こんなもんだろ」
「読める先輩、凄いですね」
「読めてる俺、フリーズ中」
「字余りですよ、先輩」
「後輩、お前って変な所で鈍いよな」
「今のは鋭いって言うところでは?」
先輩はそのまま今度は、「本能寺まで歩くぞ」と言い歩きだした。
「先輩、イエズス会には入らないの?」
「入っても意味ねーよ」
「そうなんですか?」
先輩がそういうならそうなんだろうけど、
僕は怖くて先輩のジャケットの端を掴んだまま歩いた。
「うーん、やっぱり本能寺!」
「ぐちゃぐちゃなのに読める、僕すごい!」
「なぁ、後輩よ。いつだと思うこの年代?」
「先輩、僕ちょっと思い当たるんですよねぇ」
「後輩、俺もだ。だが、まだ確定するなよ。とりあえず、飯食う場所探して、考えようか」
本能寺から立ち去ろうと踵を返し5~6歩進んだ所で、
「そこの怪しい御仁、おふたり!止まれよ!」
(怪しい御仁って誰だろう?)
「せ、先輩?僕たちじゃないですよね?」
「めっちゃ現代日本語として聞こえるの、凄いな。これも特典とかなんか?」
「そこのお二人、どちらから参られた?」
「あ……」
念のため振り返ると、棒を持っている、五人の男が僕たちを取り囲んだ。
声をかけてきた男からは、優しい雰囲気は感じられず、僕たちの姿を凝視している。
「先輩……」
「大丈夫だ、後輩。たぶん職質だ」
「この時代にもあるんですか?」
「知らん」
「先輩……」
「そこのお二人、何を申しておる。名を名乗られよ。私の言葉はわかるか?」
「雰囲気ヤバくないですか?」
「多分ヤバいよな」
「……ですよね」
「あくまで答えぬなら、一旦、取り押さえさせていただく」
その声に、僕は思わず先輩のジャケットを握る手に力を込めたが、
「はい!ストップ!本能寺の前で悪かったな、だかこれ見ろ」
先輩は僕をズイっと前に出し、
「この青い目にいきなりは、色々やべぇだろ?森三兄弟の誰か知らんが」
「なっ……」
男たちは、全員動きを止めた。
「先輩、プラン教えてください」
「知らん、俺もフリーズ中なんだよ」
「絶対うそ」
「あぁ、悪かったな。あのさぁ……織田信長、いるんだろ?」
(あっ、先輩、それ、多分相手の地雷ですよ)
***
やっぱり地雷でした。現在、痛いです。
僕達なんで、縛られて庭にころがされてるの?
地面とこんなに顔が近いなんて幼稚園以来じゃないかな?
そんな現実逃避をしていたら、複数の足音と声が聞こえてきた。
「御館様お待ちください」
「おぅ、お前らか、南蛮人で俺の名前を知ってるのに、なぜ織田信長なんだ?」
「……」
「先輩?」
「俺の一言、地雷だったのか?」
「今更ですか?」
「あはははは、蘭丸きいたか?こやつら無視したぞ」
「御館様、何も笑うところではございません」
「この俺を前にして、この俺を無視したんだぞ?あはははは、今日の茶会はつまらんが、愉快愉快」
「縄を解け、そして上がらせろ」
「……ッ!御館様!いくら御館様の命とはいえ、出来ませぬ!」
「蘭丸、既に武器は持ってないのは、確認しているのだろ?茶をもて」
目まぐるしく状況が変わる。なんでこうなってるんだろ?
僕、正座とかむり!!
「織田信長……様?足とか崩したらだめかなです?俺ら正座とか出来ないのですが……あと森蘭丸さん、怖いよいちいち睨まないでよ。敬語?……頑張ってるの、認めろよ。チョベリバとか言ってねぇぞ」
「僕は、先輩が地雷踏み抜いてそれでも踏むのをやめないのが、怖いですがね!!」
「ってか、後輩よ、これガチでやべーな」
「知ってます!知ってます!やばいです!」
「蘭丸よ、お主が怖いと言っておるぞ。
わはは、お主ら、どこの仕えだ?なんだこの楽しい連中は。
このような仕えを隠しておったのは、明智か?信忠……あいつはないな。
秀吉か?前田か?朝廷もないな」
「……」
「先輩」
「なんだ、後輩」
「どう答えるんですか?」
「悩んでる俺フリーズ中」
「……先輩」
「ってか、だめなんだよ。後輩、これはガチやばいんだって」
「知ってますよ!」
「お前は理解してねぇんだよ。このヤバさ」
「お主ら、2回もこの俺を無視するのは、笑いだけではすまさんぞ?」
「終わった……あーすいません。天下人に会えたんでちょっとテンパってました」
「そうか……お主ら仕えは?」
「あ、」
「あ?」
「明日決めます」
「……先輩?それ正解の回答ですか?」
「明日決めるか……なら今日はワシに仕えよ」
「後輩すまん。終わった」
「しかし、どこの者じゃ。片方は見事な青い目に金髪なのに、全く南蛮の匂いがない。
黒目黒髪のおぬしも南蛮の服を着ておるが。なぁ、蘭丸そうだろ?それと、テンパるとはなんだ?」
「先輩の馬鹿」
「先輩と先ほどから呼んでおるが面白い名前だ。どのような字を書く?」
「わかった。俺らのことを話すが、教えてほしい。今日は何年の何月何日だ?あと、時間も」
「ふむ……妙なやつよの。聞きたいことが日付?時間?」
「御館様!もう我慢なりませぬ!こやつらの御館様に対する態度!」
「って言うなら、森蘭丸お前もな」
「なっ!」
「ふーん、やっぱり生身は違うねぇ。なんでもイエスマンじゃないんだ。
ただな、主と客人の会話に急に割り込んでいいの?」
「……何を申しておる」
「いや、だって普通に考えたら、今って俺と織田信長が話してるところじゃん?」
「先輩……」
「なんだ、後輩」
「今それ言います?」
「だって気になったんだから仕方ねぇだろ」
「先輩、ほんとに地雷踏みますね」
「蘭丸控えろ。今日の日付を知りたいんだろ?
今日は天正10年6月1日、時間はほれ、お前達の腕のやつみたらよかろう」
「……え?きっしょ!!」
(先輩の声を聴きながら腕を見ると、そこにあるのは、腕時計。確かに?時間はこっちの方が正確かな)
「えっ?先輩なに突然!せ、先輩?大丈夫ですか?どうしたんですか?顔真っ青で、何ですかその汗!」
「大丈夫だ、後輩。ちょっと本物の凄さを体験した……気持ち悪りぃ。
織田信長様、あんた怖いけど凄すぎだよ。本当に、あんたなんでこの時代で終わるんだ?
きっしょ過ぎるし、俺あんたを上司にしたくないわ、あんた――」
先輩が目を閉じゆっくりと僕にもたれかかるけど、僕を置いていかないで!!
「先輩!先輩!しっかりして先輩!すいません!お願いします、お医者さん!救急車!先輩起きて!」
「……だい、大、丈夫……だ」
「蘭丸、きつけをもて」
「はっ」
先ほどまで睨んでいた森蘭丸さんが、素早く動き何かをしようとし、
「御仁、失礼するぞ」
「先輩!やだ!目開けて」
「うわ!くっさ!なんだこれ!くっさ!!」
「きつけだからな」
(あっ、うわ!なんか変な臭い!)
「やめろよ!それ近付けるな!吐くぞ!おい、後輩は離れるな!」
「……先輩、ちょっと今は……臭いが」
「なんだこれ、鼻がバカになる」
「凄いですよ、本当に臭い」
「先輩とやら、外に移動するか?」
「御館様!」
「確かに、ずっとは俺もいやだ。来い来い、外の方がいいだろ」




