気付いた……明智も馬鹿だった(先輩と後輩)
ビルを出ると空調が効いた空気から6月特有のジメジメとした空気に変わり僕を襲う。
「この空気感苦手~先輩、今Wikipedia見てたんですが、なんかやっと最近になって、
『いや、これ誤読説あるわ』って注釈をビクビクつけ始めてますね」
手元のスマホをトントンと叩きながら、さらに熱を込める。
「 歴史家たちが『これは謀反としての思考に違いねえ!』って、
勝手に脳内でエフェクトかけて物騒な意味にねじ曲げてただけじゃないですか。
しかも、AI(LLM)までもが『史料ではこうだから!』って、思考停止でその誤読をコピペして、
こちらが少しでも「こうでは?」って反論すると、「史実では〜」「史料を~」と、
少数派の意見無視で何百回もにみんなボコボコに殴ってきたんですよ!泣いた人は多いんでしょうねぇ」
「まぁーそうだな」
「その人たちも先輩と同じように考え、コメント残したかったんでしょうね。
なんなら、コメントから仕様書目指したかったんだろうな」
「ん?なんか話変わってないか?」
「そうだ、歴史裁判所や役所に既存説認定申請書を書いたらどうですか?
そうしたら、先輩の山岡IFも既存説に」
「なんだそれ?歴史裁判所?既存説認定申請書?」
「既存説認定チェック欄
□ 100年以上経過しています
□ 研究者に引用されています
□ 論文・書籍に掲載されています
□ 教科書に掲載されています
□ 「昔からそう言われています」と言えます
□ すでにAIが知っています
□ AIから「通説では」と紹介された実績があります
□ AIから「史実では」と言われる資格があります
以上が認められたら、先輩の仮説は、既存説になる!みたいな制度です」
「わかった、わかった。ありがとう後輩。
だが、そこに申請する資格で俺は落とされる。七十億分の一は駄目なんだよ」
「??」
「誰が言ったか→ 肩書・研究歴・論文・既存性
何人が言っているか→ 通説・定説・多数説
どれだけ長く残っているか→ 「昔からそう解釈されてきた」を、
いつの間にか【正しさの重み】みたいに扱うからな」
「あぅ!最低、きっしょ!」
「ははははは」
先輩はあまり声を出して笑わないので、
何となく笑わせたぁ、勝ったという謎の気持ちになりながら、
「七十億分の一って、そこまで自分を卑下しなくても……」
「卑下じゃねぇよ。単純に人数の話だ」
「いや、でも一人しか言ってないからって、間違いとは限らないですよね?」
「当たり前だろ。だから俺は『一人だから正しい』とも言わないし、『一人だから間違い』とも言わない。ただ、一人しか言ってないってだけで、最初から議論の入口にすら立たせてもらえないのが気持ち悪いって言ってんだよ」
「あ~なるほど~」
「逆も同じだ。百人が言ってるから正しい、四百年間言われてるから正しい、教科書に載ってるから正しい、AIが『通説です』って言ったから正しい。そんな便利な判定機があるなら、歴史研究なんて全部チェックボックスで終わるだろ」
「じゃあ、さっきの申請書……」
「ん?」
「本当に作ったら便利じゃないですか?」
「どこがだよ」
「この説は四百年間維持されています。よって真実度★★★★☆とか」
「やめろ(笑)」
「研究者五名が支持しています。真実度★★★☆☆」
「やめろって(笑)」
「AI三社が通説と回答しました。最終認定――史実★★★★☆」
「それもう歴史じゃなくて人気投票だろ」
「先輩、僕はただ、原文をそのまま読ませて欲しい、先輩の仮説はまぁいいです」
「俺のはいいのかよ。
まぁ、ただ、原文をそのまま読む、それが一番難しいんだよ。
本当にそれすらも多分もう400年で汚染されてるからな」
「原文を読むのが難しい?」
「人間はな、一度作った物語を、事実より手放せなくなる、そいう性質があるんだよ」
「あちゃー、それって歴史の教科書や定説って、頭の良い人たちが作り上げた、
『壮大な集団幻覚』に付き合わされてる気分になりません?」
「まぁ、あとは意味も文字も変化しまくってるからな、色々大変だよな」
ピコン
ピコン
僕と先輩のスマホが同時に通知音を出した。
「あれ?なんですか?この避難訓練のお知らせ」
「総務課が忘れてたんだろ?」
「えー明日消防士さんも来るのぉ」
「あぁ、そっか…明智光秀も馬鹿か」
「はい?先輩、悪い癖ですよ。馬鹿っていうの。しかも避難訓練のお知らせなのに」
「いや、だってよ、俺のIFの通り織田信長から『明朝までに兵をこちらへ寄越せ』と許可が出てたとするぞ」
「はい、避難訓練と何が関係あります?」
「明智光秀よ、お前……なんで誰にも言ってねえんだよ」
「?」
「ほう・れん・そう」
「そこ?!」
「そこだよ!そこしかねぇよ」
「でも、信長様から直接許可をもらったんですよ?」
「だからだよ」
「え?」
「だったらなおさら報告しろ、まず信忠だろ!
徒歩圏内にいる嫡男だぞ、そしたら信忠が黒幕ならやめた可能性もあるんだぞ!」
「……」
「妙覚寺だぞ、たったの2キロ。何キロも離れてるわけじゃねえだろ。黒幕じゃないにしろ報告しろよ」
「まあ……確かに?」
「せめて『御屋形様より許可をいただき、明朝、軍勢を本能寺へ寄せます』くらい言えよ」
「先輩、だんだん会社の上司みたいになってますよ」
「後輩よ。会社でも武将でも同じだぞ、重要案件を一人で抱えるな」
コンビニに入り、乾いた涼しい空気に癒しを感じながらも先輩の話を聞いていた。
「しかもだ」
「まだあるんですか?」
「ある。イエズス会にも言え」
「なんで!?」
「なんでって、近いじゃねえか!」
「そこ!?」
「『今夜から明朝にかけて、ちょっと本能寺が騒がしくなります。御屋形様の許可です。すいません』くらい言っとけ。ご近所さんへの挨拶大事」
「そんな報告します?」
「するだろ普通」
「しませんよ」
「だから事件が起きたんだろ」
「いや、そこはIFですよね?」
「分かってるよ」
「だが、もしだぞ」
「はい」
「もしフロイスの原文にでも、『明智軍が信長の許可を得て本能寺へ向かう』なんて一言が残ってみろ」
「……」
「全部ひっくり返るぞ。なんなら織田信長を一人で守ろうとした英雄に格上だぞ?」
「それは確かに」
「だから言ってんだよ。報連相は大事だって」
「はい。そうですね」
「この大事さをわからんヤツめ」




