レガシーシステム(先輩と後輩)
僕は先輩を追いかける為、片付けをし、
「電気よ~し!忘れ物な~し!」
ガラスドア横に設置されている機械にカードを通すと
ピッと短い電子音が廊下に響きランプが緑から赤に変わった。
「後輩~行くぞ~腹減った~」
「先輩!まって~」
追いつきエレベーターの前で待っている間に、スマホをポチポチ
「先輩、気になったんですが、明智光秀は、
『落人あるべく候間、家々を捜せ(敗残兵や逃亡者を捜索せよ)』って命令を出してますよ。
敗走する奴らを追い詰めようとしてたんだから、
やっぱり謀反の後の処理をしてるんじゃないですか?」
「後輩、なかなかいい所に着眼したと言いたいが、俺からしたらそこも気持ち悪いんだよ」
「?」
「その言葉な、なぜか信長公記からなんだよ」
「また?!太田さん?」
「あぁ、明智側の史料って本当に少ないんだ。
そして太田の『信長公記』でなぜか明智本人がこう言いましたって書いてる。
不思議だよな。こいつ、その場に居なかったのに」
「もしかしたら、第三者の公平な立場で明智側もみてくれたのでは?」
「俺はこう聞いたからこう書いたんだ!ってドヤ顔で身元不明の目撃証言でも信じろと?太田牛一の『信長公記』は、色々とあからさまだぞ」
「どこら辺がですか?」
「敦盛を舞ったレベルや、敵は本能寺にありと同じだぞ」
「え?だって、かなり重要で信頼高いのに?」
「書いた本人の身元は確かだけどな……こいつなんか胡散臭いんだよ」
(うわぁ先輩は、太田さん嫌いなのかな?さっきからこいつ呼びしてる)
「信長と森蘭丸の会話も、信長公記には記載されているんだが、
織田「是は謀叛か」
森蘭丸「明智が者と見え申し候」
織田「是非に及ばず」と記載がある」
「ん?何がおかしいんですか?謀反かと聞いて、謀反ですって答えてるシンプルな会話ですよね?」
「何回も言うけど太田牛一は、本能寺に居なかったんだぞ。
傍でこの会話を聞いていた小姓か女性がいたとして、
なんでこんな一言一句なんだよ。台本だろこれじゃ」
「でもでも嘘だとは言えないですし、読みやすくした可能性もあります!」
「同年代の史料だから嘘じゃない?
たとえ嘘じゃないとしても、
録音機もない時代でこいつらミュージカル団員の劇中声量で話してたのか?」
「え?」
「しかも聞いていたなら、相当、織田や蘭丸と立場が近いぞ?
なんであとがき一つにでも身元が載ってねぇんだよ。
仮にだぞ、名前も知らない奴が「じつは~あの二人こう言ってたんですよ」って
目撃証言の裏取りもできない状況で、
太田牛一が書いたからってなんで100%正しいって決めつけられる?
こいつもカリオンなんだよ。
出どころ不明な目撃証言で信長はこう言った!明智はこう言った!
今の裁判じゃ身元不明ならゴミくず証言だぞ。気持ちわりぃ」
「えぇぇ、それだと先輩なんで過去の人達は、このままで進んでるのですか?」
「そりゃお前、一番簡単で決定的な理由があるからだよ」
「 決定的な理由とは?」
「明智光秀側の一次資料が、ほとんど残っていないからだ。
明智は山崎の戦いで敗れ、敗者になった。勝ったのは秀吉だ。
歴史ってのはな、大方『勝者側の都合』で書かれるものなんだよ」
「でた!大人の事情系」
「明智側の陣営が当時何を考え、どういう連絡を取り合って、どんな計画書や命令書を出していたのか、そういう生々しい社内文書(記録)は、明智が負けた瞬間にほとんど失われたか、廃棄された。
ただ、本能寺に関しては、勝者側も捏造してないと言うかその辺は抑えておくはずなんだけどな(笑)
それでも残ったのは『勝者である秀吉側』や、後世に忖度して書かれた歴史書だけだ」
「悲しいですね。それって僕たちが、教科書で知ってる『本能寺の変』って、
明智光秀本人の説明書がない状態で完成した事件なんですか?」
「本能寺は、特にそれが酷いんだ。解釈汚染まみれと明智側史料なし。
どいつもこいつも、コメントを仕様書に格上げしてやりたい放題」
先輩がイラついてる横で僕は何も言えず、
後世の解釈による意味づけをいったん全部外して、
書かれている文章を素直に読むことの難しさに思考が埋め尽くされていた。
ポーンーー1階です。エレベーターのドアが開く
「後輩、いいか?記録が失われるのは仕方ないんだ。もうこれは仕方ない。
ただ、なんで首が見つからなかったのか、なんで本能寺に明智の軍がいたのか、
そういう『光秀視点の真実』の穴あき部分を埋めるために、後世の人間が埋め合わせた?
んー埋め合わせるしかなかったって事だけど……乱暴すぎんだよ」
「はい」
「そしてそれを誰も剥がそうとしない。
太田牛一は確かに身元もしっかりしているが、
信長や信忠が死んだよぉぉまるで犯人がいないと困るんですという感じなのが嫌なんだよ。
犯人見つからないから、
明智さん死んだし、明智軍いたからもう、明智でいいや!って最終的に冤罪の可能性が残る」
「先輩、ずっと言ってますね。それ」
「まぁな、気持ち悪いって思った原点だから」
「……先輩」
「ん?」
「コレって僕たちの仕事と似てません?
プログラムのバグを探してる時って、普通はコードのどこかに問題があると思って、
ログを追いかけるじゃないですか」
「あぁ」
「でも、たまにあるじゃないですか。なんでこの処理、こう実装したんだ?って」
「あるな」
「この関数、何のために呼んでるの?って調べても、コメントにも書いてなく、仕様書にも理由がない」
「そうだな」
「その時、僕らは作った人に聞こうってなりますよね」
「でも四百年前のシステムには、それができねぇ。実装した奴、全員死んでる」
「ですよね」
「本能寺は聞けねぇんだよ。残ってるログ見ても、コード見ても、ひとつひとつは有るんだよ。
しかも大きい結果も残ってる。そしてエラーが出てもゴールに辿りつく。
まるでレガシーシステムだな」
「やだなぁそれ、僕はレガシーシステムは触りたくないです」
「まぁ、レガシーはやだな。
しかも、後から読む奴が勝手にコメントを付けるんだよ。
『ここは謀反の処理』『ここは火事だから首が見つからなかった』『ここは武士の美学』ってな」
「それ、コードを直すんじゃなくて、コメントだけ増えてません?」
「増えてる」
「しかも、元のコードをちゃんと読まずに?」
「そう」
先輩はスマホを指先でトントンと叩いた。
「だから厄介なんだよ。俺たちが見てるのが、本当に元のコードなのか、
それとも後から誰かが手を入れたものなのか、分からねぇ」
「普通なら変更履歴を見れば分かるけど」
「そう、Gitならコミットログを見る。誰が、いつ、何を変更したのか追える」
「それで、元の状態まで辿れれば?」
「余計な変更を戻せる。本当に必要なら、ロールバックだ」
「です」
「ところがだ、歴史には変更履歴がねぇ。四百年前のGitログ、どこにあるんだよ」
「ありませんね……」
「だよなぁ……結局、残ってる史料そのものを見るしかねぇ。
『これは本当に元のコードか?』『誰かが後から意味を付け足してないか?』『この記録を書いた奴は、どこまで現場を見てた?』って、一個ずつ疑わなきゃならねぇ
しかも、日本語そのものが変化してる可能性まである」
「最悪ですね。仕事で貰ったら僕、退職する自信あるかも」
「仕事なら俺も考えるな。それとな、後輩。本当はまだあるんだぞ」
「まだあるんですか?」
「徳川家康の爆走も気持ち悪いんだよ。
こっちは逆にログが少なすぎて笑うしかない。
ほとんどわからない」
「え? 家康も爆走? でも僕、教科書でそんなの習ってませんよ?」
「まぁな。明智を討ち取ったわけでも、大軍で戻ったわけでもない。たった30人で144キロ、3日だ」
「ん? すごいの? すごくないの?」
「はははは。まぁ、久々にやりがいのあるシステムエラーではあるが、腹減った」
僕たちは、いつものようにコンビニに向かって歩き出した。
一次資料の絶望的な実態
「本能寺の変の直前〜当日に、光秀が何を思ってどう指示を出したか」を示す明智光秀本人の一次資料(自筆の書状や日記など)は、現存していません。
残ってるのは、本能寺変のあとに明智光秀が、周囲の武将(細川藤孝や筒井順慶など)に「味方になってくれ!」と送った手紙(『細川家文書』など)は残っています。
当事者メモは『本城惣右衛門覚書』くらいですが、これは現場にいた明智軍の下級武士が事件から約50年後に記憶を辿って書いたものです。
勝者(秀吉・徳川等)による記録『惟任退治記』などや、織田信長の家臣が書いた『信長公記』という「勝者又は生存者の視点」の資料がほとんどです。




