黒幕(先輩と後輩)
「先輩としては、誰が黒幕なんですか?」
「俺の仮説なら織田信忠だ」
「え?……すいません。先輩さすがにそれは無理かと」
「ん?そうか?」
「はい……だってその、先輩が1番大切にしている動機がそのーないですよね?」
「あるぞ〜父親・信長への屈折した思い?自己形成不全的なヤツ」
「えっ?そんな事で?」
「んー明智謀反の時は、ちっさい退職理由でペタペタ貼り付けるのに、信忠の時は駄目な理由なによ?」
「え~と、え~と、嫡男ですよ?もう家督譲られてますよ?なんで?」
「いい例が斎藤道三・息子義龍だ。義龍だって、家督を譲られた後に親父の道三を討っているだろ」
「えっ?あっ道三」
「そうだぞ。ただなぁ……」
「どうしたんですか?」
「史料が無さすぎて笑うしかないんだよ。この400年明智光秀はずっと時の人だから史料やらなんやら解釈汚染されても有るんだが、信忠と介錯人の鎌田はほぼない。汚染史料すらない(笑)」
「えっ?えっ?じゃーなんで先輩は信忠を怪しんでるんですか?」
「後輩、いいかよーく聞けよIFを読む前にな」
1つ目は、本能寺直前の信忠の動きなんだが
天正10年5月27日付・織田信忠→森乱(森成利)の書状が現存している。
その内容は、信忠は徳川と会う予定を急に変更し、京に留まったんだ。そして妙覚寺に入る。
信長も京の本能寺に入る。
織田家の初代と二代目が、同じ京のめちゃくちゃ近い場所にいる。
普通なら、二人を同じ場所に置くこと自体が危険だ。
どちらかに何かあれば、織田家の存続そのものが危うくなる。
2つ目
信忠の周囲には兵がいる。
史料によると妙覚寺から二条へ移り、最初に入った兵は「五百ばかり」と書いてあるが、
その後、信忠の馬廻衆が一千余騎、二条へ馳せ加わる。
ちなみに、織田信長の兵力は史料からは、最少30人最大で160名までしか読めない。
信忠は1500兵用意。
最大160対1500で9倍差、
最小なら30対1500で50倍差の戦力差だ。
道三の時でさえ6~7倍差だぞ?
そして重要なのが、京の周りに動ける武将がいない事なんだ。
主な武将は、
羽柴秀吉 → 備中高松
柴田勝家 → 北陸方面
滝川一益 → 関東方面
丹羽長秀 → 大坂方面
徳川家康 → 堺方面(兵無し移動)
基本何かあってもほとんどの武将が駆けつけて来れない程離れていた。
だから、信忠はずっと条件が揃う日を待っていた。ただ一点、亀山城の明智だ。
確かに近いが20キロ離れている。
信忠も1万3000の兵が、西に行く予定だと知っている。
自分の企みが発覚後、万が一知らせが走るにしても出発している明智に届くまで最小で4~5時間…そこから京に軍が来るにも更に6時間以上、合計10時間は最低かかる。だから、この日に決行と決心した。
「あれ?先輩、それなら明智さんもこの日って決心してもおかしくないのでは?」
「ばぁぁか、いくら明智が織田の中でも有力だと言っても全織田の武将の配置を知るわけねぇだろ。
知ってるのは織田の頂点である信長と信忠の二人ぐらいと側近の一部だろ?」
「なるほど、情報量の違いですか」
3つ目
六月一日の夜、史料だと信忠は夜の11時前後まで本能寺へ滞在してると書いてある。
信忠は、本能寺に泊まった記録は無い。
内部を知らない可能性と、部下を忍び込ませたり、調べるのにも時間が欲しかった。
そして信長の直前までの兵力等の確認も出来る。これはかなり大きいメリットだ。
しかも息子だからな信長側も相当安心しきってるうえに、茶会なら人の出入りも激しかったはずだ。
4つ目
動機だ。ここの話をするなら、史料に残ってる範囲内だと鍵になるのは、信長が信忠に対しての評価の中で、
『家臣に手の内を読まれるようでは、大将の器ではない』
これは相当圧縮した文章だが、家督を譲る前辺りで言ってるんだ。
その後、十九歳で信忠に家督を譲り、大きい戦だと五回程一緒に親子で出陣している。
簡単に想像つくだろ?
父・信長やその周りは信忠を総大将として見ていない。見てもらえてない。
信長は家督を譲った。隠居したはずなのに、いつまでも軍事に口を出し、家臣に指図し、信忠の判断、果ては信忠自身にまで指示を出す。
「親父は引退したんだろ。出しゃばってくんなよ」
そんな反発が積み重なり、偉大すぎる父が眩し過ぎる自己形成不全。
俺は長男だから織田の跡継ぎなんじゃない。
認められて……認められて継いだのではないのか?
その度に、「手の内を読まれるようでは、大将の器ではない」
初めは小さい棘だったかもな。でも抜けない、そこから膿み始め、思考はいつしか呪いに変わる。
天下のためでもない。
織田家を改革するためでもない。
もっと大きな思想があったわけでもない。
ただ、「俺はもう一人前なんだ。なら、俺のことを読んでみろよ。俺を認めろ!」
そんな、あまりにも稚拙な承認欲求。
だからこそ、後世の人間はそこを黒幕の動機として見ない。
「そんなことで信長を殺すか?」
普通なら、そう思う。
しかし、親子が殺し合うこと自体は、戦国の世に限らず理解不能な出来事ではない。
ましてや、斎藤道三と義龍のように、家督を譲るも何故か対立し、最後には父子が敵として戦う例は少し探せば割とある。
だったら、信忠についても、
「父親を殺すほどの理由がない」と最初から決めつける必要はないと思う。
「親父。お前は俺の手の内を読んだのか?
俺がお前を討つと、読めたか?」
そういう思いで、信忠は自分の計画を進めていた。
「あれ?でも先輩のIFだと明智光秀さん本能寺には14時にいますよ」
「あぁ、居るな。一人でな」
IFの信忠から見たら、
「明智光秀は居るが、軍はいない」と、その後、夜半まで本能寺にいても明智軍は見えない。
疑心暗鬼になりながらも計画を進めるだろうよ。
そしてIF信忠は夜明け、予定通り仲間が本能寺に火をつけて蓋を開けたら、何故か明智軍がいる。
「自分の計画が露呈していた?!」って焦るよな。
そして「読ませないつもりでいた、父に反対に読まれていたのか?!」
相当な焦りと恐怖だったと思うぞ、これが本当なら。
冷や汗、焦り、吐き気、そんな生易しい感情じゃねぇ、結局父を越えられないのかと。
絶望で一瞬死んだと思える程なのは想像できる。
だが、村井から飛び込んでくる話を聞いても何かが違う。露呈してる、してない?
縋るだろうな、色々な情報に……そして自分が壊れるか保てるかの最中に思考をフル回転させる。
ほら、『信長公記』で信忠が本能寺へ向かおうとして、
『信長と御一手に御なり候はんとおぼしめされ』は、
『信長と一手になろう』と言う意味で妙覚寺を出たとされているだろ?
「はい、先輩これは『父上、今行きます。一緒に戦いましょう』ですよね?」
「後輩よ、助けに行くとは書いてないぞ。
本能寺に向かって刀を持って出ようとした。
どんな言葉でもいいんだ。無言でもいいんだ。これ織田側の生存者が後に書いた言葉で解釈の前提は明智謀反だからな」
「ん?ん?」
「あのなぁ、なんで助けに行くと書いてない文章を助けに行くって読むんだよ。
なら反対に、信忠が黒幕なら父上の最後の首は俺が取るでもいいだろ?」
「えぇぇぇぇぇぇ」
「でも『御一手に』ですよ!?」
「だから何のための一手だよ」
「……」
「いいか、父を救おうとして二条へ向かった息子と父を討つ計画を進めていた息子でも読めるんだよ」
「いやいや先輩!無理!」
「何が無理なんだよ」
「だって……それだと歴史を読み解けません」
「いいや後輩勘違いしてるぞぉ
一手って広い意味で使われてきてるんだぞ」
「広い意味?」
「一手は、将棋だと策を講じる意味で『次の一手』とか、
ゲーム等だと『一手を繰り出す』は攻撃だろ?
そして、仕事等で『私が一手に引き受けます』この言葉だと、まとめて引き受けますだろ。
どうだ、色々意味があるだろ?」
「えっ?あっはい、ありますよ」
「そういうことだよ。牛一が嘘を書いたって言ってるんじゃない。
反対にこの史料があるから、俺たちは本能寺で何が起きたかを考えられる。むしろめちゃくちゃ重要な史料なのは間違いない。
ただな、史料を書く人間だって、その事件の顛末を知ってるんだよ。
明智が信長を討ったと結果だけで考え、過去の出来事を文章にする。
だったら、意味の幅がある言葉を読むとき、無意識に、その後の結果を使って意味を決めることだってあるだろ。記述と叙述の違いだ」
「記述と叙述の違い……」
「そうだ。だから『御一手』が、広い意味で使える言葉なら、後から『信長と一緒になろうとしたんだ』と読める。
でも、それって信忠が実際にその意味で言ったと証明したこととは別だろ。太田牛一の叙述が入ってるんだよ」
「……あ、えっ?いや待ってください先輩。じゃあ歴史家が今まで『助けに行った信忠』だと思って読んでたの、何だったんですか?」
「脳内字幕」
「のう・ない・じ・まく……えっ?」
「俺は明智冤罪派だから、信長を討ち取る一手とそっちで読むだけだよ」
「……えっ?歴史ってなんですか?」
「ん?あぁ、一言で言えない。過去を書き留める方法が記述で……んー後輩やめるか?この話。別に俺が気になっただけだ」
「先輩面倒くさがらないで!僕、ここまで来たらとりあえず聞きます」
「とりあえずなんかよ(笑)そうだな……ほら最後のIFだ。どの道、明智も信忠も【承認欲求】が原因で本能寺の変が成り立ったなら何とも言えねぇなぁ」
そう言って先輩は、タブレットをスクロールし
僕に画面を渡した。
「そこからが信忠と鎌田を書いたIFだ。読んでみろ」
天正10年5月27日付・織田信忠→森乱(森成利)書状
「家康者、明日大坂・堺被罷下候」
「我々堺見物之儀、先致遠慮候」
「一両日中ニ御上洛之旨候間、是ニ相待申候」
つまり、訳すと
家康は翌日、大坂・堺へ行く。
自分は堺見物をひとまず取りやめる。
信長が一両日中に上洛するとのことなので、ここで待つ。
作者より――もう一度第五話、第七話をお読みください。善でも悪でも、見方によってすべてが反転します。
父親を心配しているように見せながら、自分が仕掛けた事件の現場と標的の位置を確認し、必要なら自ら処理しに行こうとしていた信忠と、信忠の計画を遂行している村井にもなります。




