最終ラウンド『報いの時間』
【前回まで】
ついに激突した瑛人とトミヨ!
因縁の頂上対決がはじまった……
「いぎゃああっああっ!!」
2階から地面に叩きつけられたトミヨは、
まさかの衝撃に体を掻きむしって苦しむ。
やっとの思いで立ち上がるが、既に瑛人は立ち上がっており、悲しい目でトミヨを見下ろしていた。
「もしお前に殺されなければ……俺はデビュー戦に勝って……涼子と新婚旅行の話とか、子供はどうする?とか話してたんだろうな……」
「ぐゔぅ!?」
「……まぁいいや……化け物に言ってもわかんねぇだろうし」
(あくまで試合のイメージで……)
トミヨが立ち上がると足を左右に動かし、
左ジャブ、右アッパー、左ジャブ、右ストレートを叩き込み、トミヨは仰け反りながら後退する。
「知ってると思うけど、こっちの世界で俺が戦えるのは30分なんだわ」
「ぐあ゛ぶ……」
「ボクシングで10ラウンド(1R=3分)なんか楽勝なんだよ!」
更に攻撃が激しくなりトミヨはなす術がない。
生前にボクシングというスポーツなど無関心だし、
ましてや肉体的な戦いをしたこともない。
呪いと言うアドバンテージがなければ、
老婆に過ぎないトミヨなど、瑛人の敵ではなかった。
「か……ぁ……ぁぁあ゛……」
おぞましい叫び声をあげ、何かの一つ覚えのように呪いをかけるトミヨだが、瑛人は涼しい顔でただひたすら拳打を叩き込む。
パンチ力、技術だけで言えば瑛人はプロの中でも発展途上、つまり上には上はいくらでもいる。
しかし、瑛人が他のプロボクサーと一線を画す特技はゾーンに入った時の集中力にあった。
今の瑛人にはトミヨの不気味さも、寒気がする声も関係ない。故にトミヨの"呪い"は一切通じない。
こうして殴り続け、15分が経とうとしてた。
瑛人もやや息が上がってくるが、
鋼の肉体は尻上がりにギアを上げていく。
その証拠にトミヨがようやく片膝をついた。
(もう少し遊んでも良さそうだけど、そろそろ決めて護符を貼るか……)
瑛人は護符を入れたポケットに手を入れるが、
ここで最大のアクシデントが起こった。
(まさかあの時……!)
瑛人がトミヨごとアパートから飛び降りた時に、
護符がポケットから落ちてしまっていたのだ。
(……やべぇな……)
瑛人の集中力が一瞬切れ、焦りを浮かべてしまった。
老獪なトミヨはそれを見逃さない。
『え゛げがばい゛ゔぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛が』
瑛人は再び集中力を取り戻したが半歩遅かった。
「ぐっ……っ…!!」
左腕だけだが捻じ曲がり、苦悶の表情をする瑛人。
その顔を見たトミヨは立ち上がり、首を斜めに傾けて大声で笑った。
「ギャ…グギギ!」
トミヨが素早く詰め寄り、瑛人に何かを振りかぶる。
瑛人は捩れた左手でそれを受け止めるが、
左腕はほぼ取れかかるよう千切れてしまった。
(爪か……!?)
「っ、ぎぃ……ぐぉぉ……ぁぁぁ……」
トミヨは人語ではない言葉で瑛人を襲う。
瑛人は爪に触るとまずいと思い、
次々に繰り出すトミヨの攻撃を紙一重で避けていく。
(殺されるのか?……俺が殺されたら……?)
「「あ゛……あ゛ぁ゛……ひ、ひ、ヒヒッ!」
(前川さん、冬子ちゃん……竹中は……?)
「ヴグッ!……ウギョォ!」
(そして……)
「瑛人ーーーーーーッ!!」
声の主は瑛人の視線のその先にいた。
「涼子っ!!」
トミヨの手が止まり、まるで新たなターゲットを見つけたように後ろを振り向き涼子を見た。
瑛人の脳細胞が瞬時に反応したのは、
涼子の安全と、涼子に見せたかったあの試合を、
『今ここで!』
と言うことだけだった。
「こっち見ろやっ!トミヨォォォッ!!」
格闘技においてアドレナリンは極めて重要である。
筆者も少し格闘技の経験があるが、
このアドレナリンが流れるからこそ、
痛みも恐怖も感じなくなる。
最高潮に引き出された瑛人の集中力は、かつてないほどの力強い右フックをこめかみに叩き、
右腕を瞬時に引いてトミヨの口に目掛けてストレートを放った。
トミヨの口は裂け、少し涙を流して崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
血を流しているのは瑛人も同じで、
むしろ出血量で言えば瑛人の方が深刻かもしれない。
トミヨが倒れた後に瑛人も失血と疲労で片足をつく。
残り時間、実にあと2分となった。
(終わった……涼子……みんな……ごめん……)
「あとは任せろ」
その声に顔を上げると、
霊界にいるはずの竹中と冬子がトミヨの背後にいた。
「竹中さん、早く背中に!」
冬子の掛け声のあと、
竹中がトミヨの背中に『護符』を貼る。
トミヨは地べたを転が回りながら叫び、なす術なく身体が溶け出し、つま先からボロボロと消滅していく。
やがて首までなくなり、あれだけ恐怖をばら撒いたトミヨはたった一夜でこの世から消滅した。
「…どうして……?」
瑛人が竹中と冬子に支えられながら聞く。
どうやら瑛人の出発後すぐに2人は前川に相談し、
瑛人を追うようにトミヨの部屋に辿り着いた。
そこで瑛人が落としたであろう護符を拾って、
今か今かと、トミヨが崩れ落ちるのを待っていた。
「お前ら……いいとこ……取りだな……」
瑛人の強がりに2人はクスクスと笑う。
「俺もさ……冬子ちゃんと同じで、生きてた時よりも、今が一番生き生きしてるよ」
竹中は瑛人に向かって照れ臭く笑った。
目の前にバスが止まっている。
(涼子は俺が見えてるのかな……?)
乗り込む時に振り向くと、まだ涼子がいた。
涼子は涙を流して大声を出した。
「瑛人!カッコよかったよ!!
私、これからもずっと瑛人のこと大好きだからっ!」
後日、前川からそれについて聞いてみたが、
涼子が見えている可能性はほぼない、と言う。
では何故気づけたか?
それは、トミヨだけは悪意を持った怨霊だったので、
人間の涼子はトミヨをだけは捉えることが出来た。
瑛人の予告通り、あの路地で異変が起きたとき、
涼子はそこに瑛人がいると確信したのだろう。
人間とは言い難い異形の者を、目に見えない何者かの殴られて苦悶している様子は、
まるで瑛人がそこで戦っていると錯覚したのでは?と、実に前川らしい分析だった。
それでもいい ーー
瑛人は大事な忘れ物を取りに帰ったような、
こころ晴れやかな気持ちでバスに乗り込んだ。
それから瑛人と涼子の世界が交わることは二度となかった。
【次回予告】
次回最終回……
延長戦『プロローグ』
乞うご期待!
最後の投稿は本日20:00頃予定です。




