第3話 電脳の熱帯夜
教祖のデジタル署名を掴んだイザナミだったが、相手も一筋縄ではいかない。先開けしたバックドアはすでに塞がれ、大久保のNGOサーバーは物理的にネットワークから切断されていた。
「トカゲの次は、蜘蛛の巣にこもるつもり?」
真夏の深夜、イザナミの自室はエアコンの効きが悪く、ねっとりとした熱気が満ちていた。
あまりの暑さに、彼女はついにパーカーを脱ぎ捨てていた。薄手の白いキャミソールに、極短のホットパンツ姿。椅子のあぐらをかいた膝が、ディスプレイの青光を浴びて艶やかに光っている。
じっとりと汗ばんだ首筋から、鎖骨、そして大きく開いた胸元へと一筋の汗が流れ落ちていく。イザナミは不快そうに首元を扇ぎながらも、その鋭い視線は画面から一切逸らさない。
「どんなに隠れても無駄。この国はお前たちの宗教国家じゃない。我が神州の土地を踏み荒らす不法滞在者には、相応の罰を与えてあげる」
彼女は教祖の過去の通信記録から、ある規則性を導き出していた。
教祖は、毎週金曜日の深夜にだけ、ある特定の「暗号資産のコールドウォレット」へ莫大な送金を行っている。それは日本国内に潜伏する数千人の不法滞在移民たちから巻き上げた、偽造書類の斡旋費用や、違法労働の「上前」だった。
「神聖な日本の地で、犯罪の血銭を貪る寄生虫ども……」
イザナミの小さな唇から、冷徹な呪詛が漏れる。
彼女にとって、天皇陛下を奉じるこの国は、一滴の不純物も許されない絶対の聖域。そこに居座り、独自のコミュニティを築いて日本の法を嘲笑う密入国者たちは、害獣以外の何者でもなかった。
金曜の夜。送金の瞬間を狙い、イザナミは電脳のスナイパーと化した。
教祖がウォレットを起動し、プライベートキーを暗号化通信に乗せたその刹那。
「――そこ」
イザナミの指先が閃いた。
彼女が独自に開発したMITMプログラムが、教祖の通信をミリ秒単位でインターセプトする。キー入力をリアルタイムで読み取るスクリプトが、教祖の「絶対の財庫」のパスワードを暴き出していく。
しかし、相手も異常を察知した。画面に猛烈なカウンター・スクリプトが走り、イザナミの接続を弾こうと暗号キーを高速で再生成し始める。
「切らせない……っ!」
電脳空間での力比べ。
熱い吐息が漏れ、イザナミの身体が激しく強張る。タイピングの衝撃で、キャミソールの薄い生地の下で形良い胸がせわしなく跳ねた。太ももが椅子のレザーに張り付き、じわりと汗の痕を残す。
精神が限界まで加速し、脳内麻薬が分泌されるような特異な快感が彼女の肉体を突き抜けていく。
「あと、少し……、落ちなさい……っ!」
キーボードのエンターキーを、親指で強く弾く。
刹那、画面のカウンターが霧散し、緑色の文字列が滝のように流れ落ちた。
『Transaction Successful(送金完了)』
教祖の隠し資産、日本円にして約12億円相当の暗号資産が、イザナミの用意した「絶対に追跡不可能な分散型ウォレット」へと完全に移転した。
「ふぅ……っ、あ……あぁ……」
緊張の糸が切れ、イザナミは椅子の背もたれに崩れ落ちた。
全身が熱を帯び、ピンク色に上気している。はだけたキャミソールの胸元からは、激しく脈打つ鼓動が透けて見えるようだった。彼女は濡れた瞳で画面を見上げ、恍惚とした笑みを浮かべた。
「これで資金源は絶たれた。いくら不法滞在の群れを従えていようと、お金がなきゃ蜘蛛の子を散らすように瓦解する……」
教団の「血」をすべて抜き取ったイザナミ。
だが、すべてを失った教祖という名の狂蜘蛛は、この後、生き残りを賭けた「最も凶悪な反撃」に出ることを、彼女はまだ予期していなかった。




