第4話 窮鼠の咆哮
資金源である12億円相当の暗号資産をすべて奪われた教団は、一気に追い詰められた。
潜伏する不法滞在者たちへの口止め料や、偽造在留カードの材料費、さらには隠れ家の維持費が完全に枯渇したのだ。すべてを失った教祖は、ついに狂気の暴挙に出る。
「……東京都内の主要インフラへのサイバーテロ、予告?」
翌日の午後、イザナミは冷めた緑茶を口に含みながら、ダークウェブの掲示板に書き込まれた犯行声明を睨みつけていた。
教祖は「資金を24時間以内に返還しなければ、都内の地下鉄の運行システムと、一部の変電所をサイバー攻撃で麻痺させる」と日本政府を脅迫してきたのだ。
「身の程を知らない寄生虫が、神の国のインフラを人質に取るなんて……」
イザナミの細い眉が不快そうに跳ね上がる。
この国を実質的に支配しているアメリカ軍や、それに対して卑屈に這いつくばる日本政府には何の期待もしていない。だが、天皇陛下がましますこの国の機能が、不法滞在の犯罪者ごときに汚されることは、彼女の極右の矜持が絶対に許さなかった。
「お望み通り、徹底的に潰してあげる」
室内の温度は相変わらず高かった。イザナミは、ショートパンツの裾をさらに太ももの付け根まで手で手繰り寄せ、肌に張り付く熱を逃がすように椅子の上で姿勢を変えた。
細く白い脚が絡み合い、無防備な曲線を描き出す。その肉体の瑞々しさとは裏腹に、彼女の叩くキーボードの音は、さながら処刑人が斧を研ぐような冷徹さを帯びていた。
教祖がテロを実行するために構築している「ボットネット」の制御サーバーを探知する。
イザナミは、先ほど奪取した資金のログを逆利用し、教祖が焦ってアクセスしてきた通信経路を完全に逆探知した。
「見つけた。足立区の廃棄された物流倉庫……そこに、テロの実行用サーバーと、教祖の残党が隠れているね」
相手も必死だ。イザナミの侵入を察知すると、即座にサーバーの防御壁を最大化し、同時に対抗措置としてイザナミの回線へ過剰なデータを送りつける「DDoS攻撃」を仕掛けてきた。
「くっ、うっとうしい……!」
画面が激しく明滅し、イザナミの視界を狂わせる。
データパケットの奔流が彼女の脳細胞を刺激し、精神的な負荷が肉体へと伝播していく。じわりと首筋ににじむ汗。キャミソールの生地が胸元にぴたりと張り付き、呼吸のたびに小さな膨らみが痛いほどに主張する。
攻撃の圧迫感に耐えながら、彼女の唇から「はぁ、っ……」と熱い吐息が零れた。
だが、イザナミの技術は彼らの想定を遥かに凌駕していた。
彼女は自身の回線を無数のダミーに分散させ、相手の攻撃を無効化。さらに、相手のボットネットの通信プロトコルに存在する、ほんのわずかな「設計上の脆弱性」を見つけ出した。
「神聖な日本のネットワークを、汚い手で触るからよ――」
イザナミの指先が、トドメのコードを入力する。
彼女が放った特製の自己増殖型ウイルスは、教祖のテロ用サーバーを内部から破壊するだけでなく、接続されていた不法滞在者たちの全ての端末、さらには彼らの「本国」との通信回線をも完全に焼き切った。
画面の向こうで、テロ用のシステムが次々とクラッシュしていく。
同時に、イザナミは倉庫の正確な位置情報と、テロ計画のすべての証拠を、公安警察の最高幹部のアドレスへダイレクトに転送した。
「これで、もう逃げ場はない」
ディスプレイの光に照らされたイザナミは、大きく乱れた呼吸を整えながら、自身の胸元に手を当てた。激しく脈打つ心臓の鼓動が、指先を通じて伝わってくる。
テロを阻止した達成感と、犯罪者を追い詰める快感が、彼女の冷徹な瞳を妖しく潤わせていた。




