19.一斉退職
大城美樹店長のスーパーの従業員が一斉退職したという一報を聞かされ、取り急ぎエリアマネージャーの駒崎がやって来た。
駒崎は美樹とバックヤードで対峙する。
「まずは、本社から応援を呼びます。何とか店舗運営をしますが──大城さん、一斉退職の原因は分かっていますね?」
美樹は認めたくなかったが、上司の手前、しおらしく頷いた。
「はい……私が店長として至らず……申し訳ありません」
「えーっと、前置きしないではっきり言うね。今回の騒ぎは全部、あなたの口が災いしています」
美樹は更に縮こまった。
「はい……」
「自分の悪い部分を認めましょう。話はそこからだよ」
「はい」
「で……本社では、このままあなたにここで店長をさせるのは非常に危険だと判断しました」
「……」
「再度本社に行って貰ってコンプライアンス研修を受けて下さい。その後は恐らく降格処分です」
「……」
美樹はすがるように尋ねた。
「私、どうなっちゃうんですか?」
「……」
「販売一筋、店舗一筋でやって来たのに」
駒崎は言った。
「いつかどこかの店舗に戻る日が来るとは思います。ですが、この地域の店長職はもう無理でしょう」
「……」
「降格者が行く店舗はある程度決まっています。人事部の方で、そこはうまく調整しますから」
「……」
「次に大城さんが配属されるとしたら、恐らく郊外になるかと」
美樹は言葉も出なかった。
都会の店舗での店長職は花形だった。つまり美樹は今日をもって、出世街道を外れてしまったのだ。
(何で……こんなことに)
美樹の頭に浮かぶのは、世話をしてあげた従業員への恨みつらみだった。
(私が育てたのに!みんな、私を裏切って……!)
怒りに震える美樹をどこか呆れるように見つめながら、駒崎は言った。
「大城さん。ちょっと……帰りとか、時間あります?」
美樹は言った。
「ないですっ」
「あ、そうですか。じゃあ……時間、作れませんか?」
「無理ですっ」
「うーん。失礼ですけど大城さん、最近誰かとお話してます?」
美樹はきょとんとしてから、視線を斜め上に向けた。
「ええ、そうですね……夫とか?」
「旦那さんね。あとは?」
美樹は視線を泳がせながら、駒崎の言いたいことに気づき始めた。
「……あとは……」
誰もいなかった。
親しい従業員もいなければ、井戸端会議をするママ友もいない。
美樹は愕然とした。
「い、いないです……」
「そうですか……家事に育児にお忙しいのは分かるのですが、おそらくあなたは私のような上司のみならず、従業員の話もろくに聞いたことがなかったのではないですか?」
「……」
「誰かにひどいことを一回言ったとしても、その人と日頃からコミュニケーションを円滑にしていれば、水に流してくれるってことがあるのね。あなたはそういったフォローを従業員にして来なかったんだと思います」
美樹は青くなってこくこくと頷いた。
(そうか。コミュニケーション……)
思えば、育児休暇から復帰してからというもの美樹はまっすぐ家に帰るのが常で、従業員とコミュニケーションをしたことがほとんどなかった。店の中で忙しく完璧に仕事をこなすばかりで、客には丁寧に接していても、従業員には向かい合って来なかったのだ。
(ああっ。私、何で今までそんなことに気づかなかったんだろう……!)
組織というものは、金を稼ぐだけの場所ではないのだ。従業員も、金を稼ぐマシンではない。美樹は今更ながらそんな当たり前のことに気がついた。
駒崎は続ける。
「もう、起こってしまったことはしょうがない。大城さん、これからのことを考えましょう」
美樹は顔を上げると、エリアマネージャーに言った。
「駒崎さん!私……今日、時間があります」
「はい?」
「だから今日の帰り、時間あります!」
「……ああ、気づいたみたいですね」
駒崎は珍しくにっこりと笑った。
「こんな時だからこそ、ちょっと雑談でもしましょうか。大城さんと腹割って話すのは初めてですね」
美樹は早速夫にラインした。
〝今日はエリアマネージャーとの緊急会議が入ったから、悠斗のお迎えよろしく!〟
その後、武尊から何やら文句のような、愚痴のようなラインが次々と追撃されたが、美樹はそれをまるっと無視した。
開店したばかりの居酒屋に入ると、美樹と駒崎は急いで席に腰掛けた。
美樹には時間がない。
取り急ぎビールを頼むと、二人はどこか緊張感を漂わせながら乾杯した。
「……説教するつもりはないんですけどね」
と、駒崎は切り出した。
「大城さんも私も、ちょうど入職から定年の中間地点にいるんですよ」
駒崎は大卒入社なので、美樹より出世が早かったのだ。
「駒崎さんって、確か私のふたつ上ですよね?」
「そうです。だから、何となく大城さんの焦りとか、余裕のなさとか、がんじがらめの状況みたいなの、私にもちょっとは分かるというか」
「ああ……」
「アラフォーって仕事が楽しくなっては来るんですが、色んなことを同時にしなくてはならなくて、でも体力がなくなってそれらを同時には出来なくなるんです。そこで優先順位をつけて動こうとするんですが、意外なことを優先順位から外していることに気づかないまま、大事なことをおろそかにしてしまってることが多いんですよ」
「うわあ」
「それに気づかないまま五年とか十年経っちゃうんですよね。忙しいから」
「……ぐふっ」
美樹は思わずビールをむせた。
「ほ、本当に、その通りだわ……」
「ですからね、たまにこういったたわいもない雑談の時間を作るべきなんです。大事になる前に」
美樹は顔をしかめた。
「大事になっちゃいましたよ、もう」
「だから、そのことに今日気づいてよかったですね」
「……そうでしょうか」
「だって、あと半分ありますから。定年まで、折り返しの20年が」
「……」
「降格されても、またその地点から始めればいい。挽回しましょうよ。まだ時間はあります」
美樹は少しむっとした。
「私には時間がないんです。私は母親ですから、男性の駒崎さんとは違います」
駒崎はやれやれ、と首を横に振ると言った。
「大城さんには初めて言いますが……実は私、シングルファーザーなんです」
美樹の目が点になった。
「ええっ!?シングル……?」
「はい。私もこれから、息子を迎えに行くんですよ」




