18.絵柄をアップデート
頼子は頭をかきむしる。その様子を見ながら早瀬は慎重に続けた。
「短編アンソロジーだと許容できる原作者さんも、長編となると漫画家さん選びをかなり悩まれるみたいです。だからそこまで深刻に考えないでも」
「ああ、なんでこんなことに……技術を向上させなかったのが悪かったのかしら……」
「あの……また先生には原作を持って来ますし、そんなに悩まなくても大丈夫で──」
「いいえ!」
頼子は目を吊り上げた。
「クリエイターは、待っていても編集者みたいに給与が入って来ませんから!」
「ああ、はい……」
「ここは攻めに行かないとだめですね!」
「意気込むのもいいですが、あまり無理しないでくださいね?」
編集者はたまに、作家の情熱に他人事を決め込む時がある。頼子は目の前の画面を睨んだ。
「絵柄のアプデをします。頑張ります!」
「あのう、いいところは消さないように……」
「アプデの方向についてまた早瀬さんの意見をうかがいたいのですが、お付き合いいただけますか?」
「は、はい……」
早瀬は気圧されている。
時間が来たので、リモート会議はお開きになった。
頼子は頭を抱えた。
「……って言っても、アプデってどうしたらいいの?」
誰かの作風を真似てみて、徐々に自分の絵柄に取り込んで行くのが定石だろう。ただこれは学生時代時間が有り余っていたから出来たことであって、一朝一夕で出来ることではない。
「でも、やるしかない……」
その時だった。
「ただいま~」
翔馬たちが帰って来たのだ。時計を見上げる。彼らは約束通り、2時に帰って来た。
「あ、おかえり」
「ママー!さっきそこで、大城君に会ったよ」
「へえ、大城君?」
頼子は交通当番の大城を思い出した。
(あいつか……)
「大城君も、今日ズル休みしたんだってー!」
隣で翔馬が苦笑いを浮かべている。頼子は息子の話から色々と悟った。
「ふん、その嫌味な言い方……陣のことをズル休みだとでも思ってないと出て来ない台詞。さすがだわ」
「どうした?頼子」
「何でもないっ。ってことは、大城君はママさんとお出かけだったのかしら?」
「いや。今日は、大城君のお父さんがお休みして付き添ってたよ」
「へー、そうなの」
父親までそんなに嫌味な感じなのだろうか。「近づかんとこ」と頼子は思った。
「でもさあ」
翔馬がなぜか微笑みながら言う。
「大城君と陣、気が合いそうだったよ」
「……えー?」
あまり聞きたくない情報だが、そういうこともあるだろう。子どもと親は違う人間なのだ。
「ま、気が合わないよりはいいか」
「ところで頼子。連載は決まった?」
頼子の目が泳ぐ。
「うーん、それが……」
「あれ?決まらなかったの?」
「うん。原作者さんから〝No〟って言われちゃった」
「ああ、そう。でもまあ、そういうこともあるか……」
翔馬の期待を裏切ってしまった、と頼子は思う。
「私、頑張るから」
「?いや、どうしたの?ちょっと肩の力抜いて」
「肩の力を抜いても、お金は発生しないもの」
翔馬はぼりぼりと頭を掻いた。
「……俺より視野狭くなってない?」
「そうかな?儲けたい気持ちは、みんな一緒よ」
「危ないぞ。頼子によくある〝空回りモード〟に突入してる」
そうは言っても、空回りをしたって今までどうにかなって来たのだ。
「大丈夫。今までもこれで切り抜けて来たわ!」
「とりあえず、俺は何とも言えないから編集者さん頼って。ひとりであんまり抱え込むなよ」
頼子は少し不安そうな陣に目を向ける。
「ママ、頑張るからね」
「別に……ママはいつも頑張ってるよ?」
頼子は久しぶりに電子漫画を買い込むと、じっくりと読み始めた。
(今、求められているコミカライズの絵柄とは、どんなものだろう?)
一方、その頃。
大城美樹は従業員10名に囲まれ、辞表を叩きつけられていた。
「えっ!?みんな、どうしたの急に!?」
従業員パートのひとり、安田が代表者のように前へ進み出て言う。
「ここにいる全員、店長の指導について行けません。今日で辞めさせていただきます」
「ど、どうして!?みんなで力を合わせて頑張って来たじゃない」
すると、背後の店員たちが口々に言う。
「前月、私の娘を〝仮病〟呼ばわりしましたよね?頻繁にお腹が痛くなるのは、胃腸炎の後遺症だって何度も説明したのに」
「先週、パートから社員への打診を断ったら〝意気地がない〟って言われたので辞めます」
「シフト入り要請が続きすぎて学業に影響が出てしまいました。このままだと教職資格を取れないので辞めます」
美樹は一気に崖から突き落とされた気がした。
「そ、そんな……!」
「有休を消化させてください。ユニフォームは郵送で返却します。二度とここには来たくないので」
「ま、待って……!」
美樹は頭を抱えた。
(従業員の一斉退職──このままだと、降格させられてしまう!!)
高校卒業から働き続け、がむしゃらに頑張って来た。その結果がこれならば、一体自分は何のために頑張って来たのか──
(何でみんな辞めちゃうの!?頑張れないの!?何で何で──!)




