13.不倫スクープ!
頼子を見つめる視線──
玲は彼女を見つけるなり、目を吊り上げた。
なんと、頼子が駅構内で若い男と親し気に話し込んでいるではないか。
玲は怒りが込み上げて来た。
(なによあれ……白昼堂々と、不倫!?)
玲は就職面接の帰りであった。頼子は今まで見たこともない丁寧な化粧をして、ブランドもののバッグやアクセサリーで着飾っている。
(旦那さんが目が見えないからって毎日あんなしょうもない服を着ているくせに……目の見える男に会う時は随分高級なおしゃれしてるのね!)
玲の脳内は最近、妄想が暴走して止まらない傾向にある。
(しかも髪を青く染めてるようなチャラ男と……)
昼間なら、夫は仕事に行っているので別の男と会いやすいのだろう。玲はそう決めつけた。
(きっちり言ってやんないと気が済まないわ。田中さんは絶対認めないだろうから、旦那さんに報告してやんないと……)
「あ、あの」
すると、頼子の方から玲に声を掛けて来た。
「こ、こんにちは~」
「!!」
頼子からするとこちらをガン見している玲を無視するわけには行かなかったから声を掛けただけなのだが、
(この人、不倫しているわりに堂々とし過ぎじゃない?)
と、玲の方はより警戒感を強めるのだった。
頼子は尋ねた。
「こんなところでお会いするなんて……綺堂さんも、お仕事ですか?」
玲は再びイライラした。
綺堂さん〝も〟──?
「え……ええ」
玲はそう言って引きつった笑顔を作った。
「田中さん〝も〟なの?」
「あ、はい、そうです。今日はもうあがりで……それでは~」
頼子は重いバッグを抱えながら、慣れないヒールでよろよろと駅のホームへ向かおうとする。
玲は慌てて彼女について行った。
「待って、田中さん。私もそっちのホームに行くの!」
頼子はぽかんとした顔でこちらを振り返る。
「えっ?綺堂さんもこっち?」
「私も家に帰るから……」
頼子は作り笑顔を貼り付けながらも、内心「めんどくさ〜」と思った。
別に仲良くもない人と、子ども抜きで一緒に喋るのなんかまっぴらだ。
だがあの時は、視線が合ったのに無視する勇気もなかったため、声をかけざるをえなくなってしまった。漫画家である頼子は職業について根掘り葉掘りされないように、いつも脳内で訓練している〝架空の仕事〟をでっちあげてこの場を切り抜けることに決める。
特に、世の女性は他人の内情に並々ならぬ関心を持っているものだ。バレたら近所の噂の種になるに違いない。気を引き締めて帰宅せねばならないだろう。そう頼子は覚悟を決めた。
二人は同じ電車に乗り込んだ。昼間の在来線はおもしろいぐらいに空いている。
隣り合って座ると、
「田中さんは、どんなお仕事をしているんですか?」
早速、玲が話しかけて来た。
「フリーランスの在宅ワークです」
頼子はいつも用意している決まり文句を言って幕引きを図ろうとしたが、
「えー!フリーランスですか?どういったお仕事なんですかー?」
更に玲が掘り下げに来る。頼子は当たり障りなく続けた。
「出版関係ですね」
「へー、フリーランスなのに外で男の人と会うんですか?」
「打ち合わせがあるでしょう。リモートだと、結構お互いの言い分に齟齬が出ることがあるんですよ」
「で、あの男の人は誰なんですか?」
「ええっと、編集者ですね」
「へ~、すごい。東京の出版社と……田中さんのお仕事、気になるぅ」
「……」
頼子は少しイラッとした。彼女は普段、出版関係者から「先生」などと言われてワッショイされているので、自分の仕事に敬意のない人間に慣れていない。
「綺堂さんこそ」
頼子は話を変えようと努めた。
「今日はお勤め終わりですか?まだ三時ですけど……」
その質問に言葉が詰まってしまうのは、玲も一緒だった。
「あ、ええ……」
「綺堂さんっていつもおしゃれだから、きっと丸の内OLとかやってるんじゃないかと思ってました。当たってます?」
頼子なりに玲を持ち上げ、いい気分にさせようとしたはずだった。
が。
「まだ三時だから、何だっていうんですか!?」
突如、玲が怒り始めたのだ。
(あれれー?私、変なスイッチ押しちゃったー?)
頼子は内心焦った。ただでさえ最近は美樹に目を付けられているのに、玲にまで嫌われたら交通当番がやりにくくてしょうがない。
しかし、今回の会話で分かった。玲はこちらのことは根掘り葉掘りするのに、自分のことを深掘りされるとキレて来るという、変わった人間だったようだ。頼子は思わぬ地雷を踏んでしまい頭を抱えたが、そこは腐っても漫画家。尖ったキャラクターによる、想定を超える会話の選択肢を数多く描いて来た実績と経験がある。
ここは安全に切り抜けて見せる。
「多分ですけど、時短勤務……ですよね?」
頼子がそう返すと、急に玲はしおらしくなった。
「は、はい。そう……そうですね」
「子どもが帰って来てからが忙しいですよね!男性はこんな苦労しなくていいから、ズルいですよね~」
「……」
「時短って言っても、家事を加えると寝るまで動き続けなきゃならないわけで……」
「……」
「日本のママって、本当に凄いですよ~」
ここで〝共感〟を取り出すことで相手の殺気を削ごうという算段だ。
するとこの作戦が功を奏したのか、それきり、玲は黙ってしまった。
自宅の最寄り駅に着くと、二人は駅前で別れた。
(は~、怖かったぁ)
頼子は少しふらつきながら、都営アパートに向かって歩いた。
(急に感情が上向いたり、下向いたり……話してて疲れる人だったな)
電車での会話を回想しながらいつものように商店街を歩いていると、頼子の足がふと止まった。
書店の前に街角情報誌を置いているケースがあり、そこに塾のチラシが複数突っ込まれていたのだ。
(あ、そうだ!陣の受験のために、塾を選ばなくっちゃ)
頼子は何枚か引き出すと、それを適当に鞄へ突っ込んで再び歩き出した。




