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それは突然の事だった。
街歩きをしてから一か月程がたち、澱みをあと二つ残すところとなったある夜、私はアルベルトのテントに呼ばれた。
そこにはエミルもいて、二人は何ともいえない顔をしている。
「聖女様。我々にとっては残念な、聖女様にとっては喜ばしい事を報告いたします。
聖女様を元の場所にお帰しできる魔法陣を完成させました」
え…。
「ほんとに?」
「はい」
「ほんとに?! ほんとに…!」
「はい」
「すごい!エミルすごい!!あなた本当にすごい魔法使いね!!さすが稀代の(当代一から昇格!)魔法使いだわ!」
言いながら、あまりの感動に抱き着いた!
「聖女様…。喜んでいただけるのは嬉しいですが、複雑です…」
「ごめん!でもやっぱり嬉しくて!今だけは喜ばせてよ!」
すごい嬉しい!めちゃくちゃ嬉しい!!
ずっと、自分のあるべき場所はここではないという思いがあった。
この世界はファンタジーだと、物語のように思えていた。
それに『今でなくては帰れない!』という刹那的なものでなかったのもいい。
魔法陣はいつでもエミルが構築できるというので、スマラグティーの澱みをほっぽり出さなくてすむ。
始めた仕事をきちんと終わらせるのは社会人として当然だし、心残りなく帰れるというものよ!
その他多くの、残りの国々の事はおいとくとしても。
「じゃあ、スマラグティーの澱みを全部浄化したら送ってもらうわ!エミル、本当にありがとう!」
エミルとアルベルトは何ともいえない顔をしている。(二度目)
そんな、何ともいえない顔をしたアルベルトが言う。
「聖女様、この事は我々と魔法使団の上層部、国王と宰相しか知りません。スヴェンとコンラードにもまだ話していません。
聖女様がこの世界からいなくなる、これは知られてはならない事なのです。もし知られてしまったなら、各国はなりふり構わず聖女様を奪おうとするでしょう」
わっ!そいつはまずい!
でもそっかぁ、そうだよね。
聖女は世界で唯一の希望なんだもんね!
「このテントには防音魔法がかけられています。ここでの話が漏れる事はありませんが、間諜はどこにでも潜んでいます。聖女様お気を付けください」
「うん、わかった。ウィリディスに戻るまで誰にも言わないよ。
アルベルト、エミル、契約を守ってくれてありがとう!残りの澱みもしっかり浄化するからね!」
「「……はい」」
スマラグティーの澱み以外にも、この世界にいる間は世界中の澱みがなくなるように祈ろう。
それがこの世界を見捨てて帰る私が出来る事だ。
すんなり“見捨てる”という単語が出てくるあたり、やっぱそういう心境なんだろなぁ。
ウィリディスやスマラグティーでの、澱みがなくなった後のみんなの笑顔。心から安堵した表情。明るい未来に希望に満ちた目の輝き。
浄化する前の、暗い表情や縋りついてくるような目とは真逆なんだよね。
聖女様は人々を幸せにも不幸にもできるのだ。
「聖女様、僭越ながら申し上げます。お帰りになった後の事はお気になさらずともよいのです」
「え…」
アルベルトが柔らかく言った。
「お優しい聖女様は、お帰りになられた後のこの世界の事を憂いておいでと推察いたしました。聖女様はここのところ時々お元気のないご様子でしたから」
なめらかな口調だけど、言ってる事は堅苦しいなぁ!よくかまないね!
でも…。
私は笑ってしまった。
「私そんなに顔に出てた?」
「聖女様はご自分で思っている程ご自分を繕えておりません」
そりゃ貴族、特に王族の方々と比べちゃあ、そうでしょうけど。
「ご心配なさらずとも、私が高額レンタル料で他国に赴き、次の聖女様を召喚します。一仕事終えれば、希望により元の場所にお返ししますのでご安心ください」
ニヤリと、エミルまでそう言ってくれた。
「ありがとう…。二人にそう言ってもらえて重荷がなくなったよ」
二人の言葉に心底ホッとした。
まぁ拉致の主犯と実行犯なんだけどね!
日本に帰れる高揚感と、後の憂いがなくなった解放感、それとまぁ、少しの淋しさなんかの変なテンションで、ラスト二つの澱みは特に難しい事もなく、あっさりと浄化!
あまりにもあっけない終了だったけど、全員無事だったのでよし!
「今日もありがとう!今までお疲れ様!みんなのおかげでスマラグティーの澱みが全部なくなったよ!これでもう澱み(空気や土壌の汚染)や魔獣に苦しめられる事はないよ!みんなよくがんばったね!おめでとう!」
私が大声で辛い日々の終わりを宣言すると、スマラグティーの騎士たちは雄叫びを上げて喜びあった。
肩を抱き合う者、涙を流す者。そんな光景に、素直によかったね!と思う。
フレデリクも側近の二人と称え合っているのか労い合っているのか、顔を輝かせている。
ザッ!
ひとしきり喜び合ったスマラグティーのみんなは、それから全員私の前で跪いた。
え! 何? 何が始まるの?!
一人、立ったままのフレデリクが真っ直ぐ私を見る。
「聖女様のお力により我が国は救われました。心から感謝いたします!」
「「聖女様!ありがとうございました!!」」
フレデリクの後に、スマラグティーの全員からも感謝の言葉が捧げられた。
感謝が捧げられるってちょっと大げさな表現だけど、それが一番合ってると思う。
「この先は、お側でお守りする事は叶いませんが、我が剣と命を生涯聖女様に捧げると誓います!」
フレデリクが剣を抜いて私に掲げると、スマラグティーの騎士全員もそれに続いたからね!
いや、いいから…。
ほんと、この世界の聖女信仰ってどれ程なのよ。
毎度思うけど、そういうのは王様に誓うもんでしょ!もしくはすでに誓ってるでしょ!騎士は二君には仕えないんじゃないの?
アルベルトを見ると、当然って顔をしている。
ウィリディスの騎士たちも、しょうがない仲間に入れてやるか、みたいなちょっと上からの顔でうんうんと頷いている。
立ったままのフレデリクと跪いたままのスマラグティーの騎士たちは、私をずっと熱い眼差しで見ている。
なんかこういう感じ、この世界に来てからちょいちょい見るような…。
これ、私が何か言うまでこのままなのかな?
アルベルトを見ても、聖女様どうぞ、みたいな視線を返される。
はあぁぁ…。
しょうがない。ほんとにいいんだけど。
もう二度と会う事もないし、最後の仕事か。
「ありがとう。その誓い、私も生涯忘れません。私の騎士たち」
忠誠の誓いへの答え方なんて知らないよ。
何とかそれらしい事を言うと、スマラグティーの騎士たちは泣き出した。
騎士という職業柄、大きな身体をした成人男性が滂沱の涙だ。いい大人が泣きなさんな。
それからウィリディス側!
“私の騎士”に反応したのか、羨ましそうな顔をしない!
この後しばらく混沌とした時間だったけど、最後の澱みを浄化したスマラグティーにとってはめでたい夜だ。近くの町に移動して、小さいけれど慰労会と祝賀会を開いた。
いってもたんに飲み会だけど。
明日になったら、私たちはこのままウィリディスに帰る。
スマラグティーのみんなは王都に戻る。お別れだ。
何だかんだいっても一年近くは一緒に過ごしたんだもんね。この国のために働いた仲間意識もある。
これから復興が大変と思うけど、みんながんばれ!




