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「………………」

「直人、いつまでぶすっとしてるわけ?」

「誰だって頭にくるに決まってるだろ、あんだけ殴られてあっさり許す方がおかしいわっ!」


 びくっと、私の背中に隠れている少女が反応する。私のキャラクターである学人が簡単に治療した甲斐もあり、ある程度負傷は改善されているが……そもそも現実に傷を治すのは無理なのだが、そこはやはりゲーム的だというべきか。この際それはどうでもいい話。

 当然ずっと全力で、殺すつもりで殴られていたほうは治療されたからといっていい気はしないだろう。殴られていた記憶や敵意を向けられたこと、そして傷を負った痛みに関してもいまだに残っている。傷だってゲーム的なダメージはなくなったって傷が完全に治ったわけではないはず。行動上支障がないとか、そういう部分になってくるはずだ。


「……ま、仕方ないとは思うけど」

「だいたい、そいつを連れて行ってどうするんだよ? 俺たちが戻る場合、相手を殺さなきゃらない可能性もあるんじゃないのか?」

「それはあるけど、それは最終手段。直人はこの子殺せるわけ?」

「…………」


 ゲーム内だったなら、問題なく殺すことを選択できる。だってそれはゲームだから。ロールプレイを重視していると言ってもそれを理由にゲームを放棄する気はない。自分たちが殺されるわけでもなく、必要であればゲームを面白くするために、物語を正しく終わらせるために、場合によっては愉快犯的に、殺しを行うことを選択するだろう。しかし、それが現実であったのならば? そうするしかないとわかっていても、躊躇なく人殺しができるか。できるはずがない。それが直人だってわかっている。だからこそ黙り込んだ。


「じゃあどうするんだよ? ずっとここにいるのか? それとも相手に殺されるのか……って、そこにいるの夜江の使っていたキャラクターだろ? 警官の。なんで一緒なんだ? っていうかよく殺されなかったな」

「……黒井と一緒にしないでくれないか?」

「そうよ」

「何で息が合ってるんだよ……」


 それは自分のキャラクターだから、というのもあるが。彼に対する共感性みたいなものもあるのだろう。いや、そもそも自分の作ったキャラクターが不当な見方をされれば作った人間としては文句を言いたくなる。ああ……でも直斗は自分の作ったキャラクターに殺されかけている。であれば、キャラクターに対して不信の方が強いのかもしれない。達樹に至っては既に殺されているから余計に。


「でも、本当にどうする? 現実の世界にも戻れなければずっとここにいることになるんだが」

「……確かに言う通りだな。食料もない、水もない、人の住まうような場所でもない、そもそもこんな場所にいたくはないだろう。化け物だっている。何が起こるかわからないこの場所でずっと過ごすわけにはいかないな」

「……どうするの?」


 背中にいる少女がぎゅっと服を掴んでくる。頼られるのは悪いわけじゃないんだけど……せめて私じゃなくてもっと頼りになる人を頼ってほしい。まあ、女同士だからっていうのもあるんだろうけど。


「実は、一つの案があるわ」

「案?」

「……案というか、私達は一つ忘れてるというか。突然こんなことになれば最初のこともよく覚えていないかもしれないけど」

「もっと具体的、はっきりと言ってくれないか? 結論ははっきり言った方がいいと思う」

「この場所に来た時の最初、そこの看板に書かれていたことよ」


 看板に書かれていたこと。"この世界に迷いし者たちよ。この世界の底、最も奥に輝く杯がある。それを用いれば汝らの願いをかなえることができるだろう"。もちろんその情報を出したのが私たちをここに連れてきたゲームマスターである以上、それが正しいとは限らないし仮にあるとしてもこのゲーム作品的にまともなものがあるとは限らない。願いをかなえるとしても狂気的なものである可能性はありそうだ。

 だけど、もし殺さずに元の世界に戻るのであれば……それに縋るしかない。だいたい私たちが自分のキャラクターを殺そうとする場合、それを実行できそうなのは相手が少女である直人くらいだ。外国人ということで身体的に強いキャラクターが対象である幸也、学生とはいえ武術系の技能を持っているキャラクターが対象の未遊、そして警察で銃持ちのキャラクターを作った私。もう既に殺されたが犯罪者を使っていた達樹もキャラクターを殺すのは難しかったはずだ。そもそも武器もない。どうやって素手で殺せって話だ。


「……ああ、そんなのもあったっけ?」

「願いをかなえる杯……だったか?」

「聖杯?」

「どんなものかは知らないけど、可能性があるならそれくらいよ。そもそもあなたたちも最初はそれを目的にしていたはず」


 キャラクターたちの心情はともかく、その看板の内容を信じて先に進むしかなかったはずだ。私達としてもゲームの目的はその輝く杯とやらであるとその看板の内容から推測しキャラクター達を先に進めたわけで。今回の私たちがこの世界に連れてこられるというようなことさえなければ、あの化け物が塞ぐ道の先を進まず広間から先へと進んでいた。


「とりあえず、この先にあっちの道と同じように化け物がいるかどうかだけを確認して、入り口の方に戻るわ。皆と一度合流しないとどうしようもないでしょ」

「……まあ、一人よりはましだろうけど。もう殺されていたりするかもしれないぞ」


 そう言って直人は私のキャラクターと自分のキャラクターに視線を向ける。未遊と幸也の作ったキャラクターが私たちの作ったキャラクターと同じような思考をしているとは限らない、ということだろう。特に……幸也のキャラクターは外国人だから余計に危ないかもしれない。こういうと外国人差別的な発言になるかもしれないが、倫理観や宗教観とかそういうものが違うし。そもそもどこの国の人だったっけ? ガンジス……インド?


「その可能性がないとは言わないけど……どっちにしても合流しないとどうしようもないでしょ。放っておくわけにもいかないし。輝く杯を手に入れた時、その場にいないと一緒に戻れないと叶ったら嫌でしょ」


 ありえないとは言わないが、そういうことがあってもおかしくはない。何があってもおかしくはない場所である以上、単独行動は減らすべき。


「ま、確かにそんなことになったら嫌だな……もう一人殺されちまったしな」

「………………」

「………………」

「………………」


 その場に重い空気が漂う。そう、すでに私の友人の一人が死んでいる。彼らの仲間が殺した、その事実を彼らも認識している。


「…………悪い」

「いや、いいさ。事実なのには変わりない……黒井を止められなかった俺が悪いんだ」

「誰が悪いとか、そういうのはいいわよ……こんなところでずっと話し合っていても仕方がないわ。他の二人……四人を探しましょう」

「…………」


 ぎゅっと服を掴む手が強くなる。動きづらい。連れて行くのは全然かまわないが、まさかずっとこの状態でついてくるつもりなの?






「あ」

「あ」


 化け物が今もいるかどうかを確認し、広間の扉の前まで戻ってきた。そうしたところ、二人の人物と出会う。未遊と学生の少年……彼女のキャラクター、鵺夜である。


「夜江ー!! よかった、無事だったのねー!」

「わっ!?」

「きゃあっ!?」


 いきなりがバーッと抱き着かれる。当然後ろに少女が服を掴んでついてきていたせいもあって私が未遊に後ろに押されると少女も押される。倒れそうにならないのはよかった。こけたら痛い。


「何か声がしたわね。あら、かわいいわー。誰、この子?」

「直人の使ってたキャラクターの瑠奈ちゃんよ……ほら、いつまで抱きしめてるの。話しなさいよ」

「けちー」


 そう言いながらも未遊は大人しく離れてくれている。


「その人が?」

「ええ。私の友人の夜江。そっちの子は鵺夜も知ってるわね。えっと、あっちの人も仲間だったから知ってるわね。で、こっちのが直人。こっちも私の友人」

「えっと、鵺夜です。よろしく」

「よろしくね」

「……なあ、未遊。仲良さげだが大丈夫なのか?」


 随分気安い関係に見える。出会ってまだ一時間たっているかどうかと言った所なのに打ち解けている感じだ。


「大丈夫って?」

「いや、ほら、あの声……」

「ああ、大丈夫大丈夫ー。話せばわかるものよー?」

「ええ…………」


 割りと気の抜ける感じで未遊が言う。その言葉に鵺夜が苦笑しながらこちらに話しかけきた。


「確かに殺せば戻れる……という話だったけど、それが本当かって言うのはわからないから安易にしたくはないです。それに、殺した感触が残るのは……」


 鵺夜は武術技能を持っている。相手を殺すほどの武技を持っているが、そもそも相手を殺すために習ったことではない。武道はそもそも技として鍛えるものではなく精神と肉体を鍛える精神鍛錬の方が性質としては強いはずだ。殺す覚悟はあっても好き好んで殺したいとは思わないだろう。それに先ほど言っていた声の言っていたことが本当か。それに関してもその考えにはうなずける。


「えっと、本当に消えたのよね?」


 私のキャラクターである学人を見て訊ねる。もう一度確認する意味合いも含めて。


「ああ……俺が黒井が消えるのを見届けた。ただ、それが元の世界に戻ったからなのかは俺にはわからないが……」

「本当に戻るのねー」

「……消えた、というだけだと戻るかどうかはわからないか。確認のしようがないな」


 確かに確認はできない。消えたということが事実でも、それが私達ならば戻ったと断言してもいい……かどうかはわからないが、言えそうだ。でも彼らはどうだろう? 彼らのパーソナリティーは私たちが作ったもので、それが現実かどうかは確定できない。彼らが本当に存在する人間なのか、この世界が作られた時点で作られたものなのか、消滅は元の世界に戻されたのか、ただ消え去っただけなのか……私にはわからない。全てを知っているのはあの声の主、おそらくはゲームマスターであるその人だろう。


「まあ……今はもう一人、もう二人。ガンジスと幸也を見つけてから話し合うことにしましょう。何度も同じこと言うのは面倒だし」

「賛成ー。いったん全員で合流しよー」

「……まあ、人数は多い方が安全かな」


 そういうことで、残りの二人を探すことになった。

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