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「ぜえっ…………はあっ…………」
このありえない異常な光景、異常な壁や床、異常な空気、匂い、ありえない空間、ありえない状況、ありえない出来事…………俺たちは一体なぜここに連れてこられた。俺たちはただゲームで遊んでいただけ、わいわいと五人で遊んでいただけ……
「っ! 五人、って、なんで五人でプレイヤーで遊べるんだよ!」
今更ながら、その異常なことに気づく。五人が集まってTRPGをするなら一人がゲームマスターをしなければならない。ならばプレイヤーは四人のはず。つまり、あの場に誰かがいたはずだ。
「六人……? いや、俺たちは五人で集まった。それは確かだ。なら、誰がゲームマスターをしていた?」
ありえないこと、だがこの状況もありえないこと。であればつまり、そのありえないことがあったということだ。この状況を作り出した誰かがゲームマスターをしていたということが。
「ふざけんなよ……なんで俺たちがこんな場所に連れてこられなきゃならいんだ……それに、達樹の奴も……っ!」
斎藤達樹。俺たちの友人であるあいつはいきなり銃で撃たれて殺された。あいつのゲームキャラクターである犯罪者キャラに。ありえない、信じたくない、認めたくない。あの光景を見て、嫌だと思って逃げてきたが……だが、あの時のそれが変わるわけじゃない。あいつは死んだ、殺されたんだ。あの時の声が言っていた、元の世界に戻れるという言葉に。
その言葉が真実なのか、俺にはわからない。あの場にいた誰にもそれが本当かどうかなんてわからないだろう。ああ、くそ。あの時残っていれば、あの時達樹を殺した犯罪者野郎が元の世界に戻ったのかどうかの確認がとれた可能性はある。まあ今更それを言っても仕方がないんだが。
「…………勢いで逃げてきたはいいんだけど、どうする? このままここにいたところで意味はないしなあ」
ずっとここにいてもどうしようもない。戻るには、どうすればいい? あの時の声が事実なら、あいつらはこっちを殺せば戻れる。ならその逆もありうるだろう。だけど……
「殺す、か。ちょっとなあ……」
だって俺のキャラクターは……なあ。照月瑠奈、可愛い女の子なんだよな設定的には。確か……絶世の、って程ではないけどそれから二つ下くらいの美人だったか? 補正はついたかどうかは詳しく覚えていないがそういうのを利用する気はなかったし。まあ、自分の手で可愛い女の子を殺せって言われても……うらみがあるわけでもないし、そんな趣味もないし、そもそも人殺しをしたいとは……思ったことがないとは言わないが、それだって普通の人が思う程度の興味くらいしかない。つまりは殺す気なんてない。
「ん……?」
何か、妙な感覚がある。ああ、そういえばあの時もこんな感じのものがあった。あの時状況が分からずに何もできなかった、達樹が殺された時全員がいたあの場所で。その感覚に従いその繋がりが強くなる方向へと向かう。何だろう……これは、繋がっている先の相手が自分であるような感じがする。ああ、わかる。この先にいるのはあの子……俺のキャラクター。
「ひっ…………ひっく……ひっ」
泣いている。そういえば、あの時の事を思い出せば一番最初にあの場から逃げ出していたのはこの子だ。そういえばもともとこの子、キャラクターの能力で正気でいられるステータスの部分はそこまで高くなかった。そのうえダイスで失敗して結構減らされていた。あの時人の死と自分の仲間が殺人を犯したこと、その二つで一気に正気を削られたことで一時的に狂気状態に入った可能性はある……いや、ここはゲームじゃないんだからそういう考え方はおかしいか?
どちらにせよ、彼女が今この場で一人、しゃがんで泣いているのは事実だ。どうする? 殺すなら今なら楽そうだ、なんて殺人者的な思考はないが、だからと言って彼女をどうするかって言うのは難しいだろう。彼女は少なくとも……ああ、いや、でも無理か? なんだかんだで普通の少女だもんな。
「……な、なあ、どうした? 大丈夫か?」
なら、声をかけてみよう。何にしても、放っておくわけにはいかない。彼女がこちらを振り向く。こちらを見て、驚いたような、恐怖に引きつったような、よくわからない表情を……っ!?
「あっ、あああ、あああああああああああああああっ!!!!!」
いきなり、持っていた傘で殴りかかってきた。咄嗟に腕で庇うも、その勢いは止まらない。殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、ひたすら殴りに殴って殴り続ける。
「お、おい!」
「あああああああああああああああ!!!!!」
やばい。そもそもあの状態から狂気に入って混乱した状態から、目の前に自分と繋がっているわけのわからない相手、そのうえその相手を殺さなければいけない。もしかしたらその相手に殺されるかもしれない。そんなよくわからないまま思考が……ぶっつんと行ってしまえば……
「っ!」
「ああああああああああああああああああっ!!!!!」
たまらず倒れる。倒れてもまだ、彼女は傘で殴ってくる。痛い、本気で痛い。絶え間なく攻撃されて痛い! やばい、殺されるかもしれない。
「こっちに誰かが行ったということはなさそうだな」
「あなたが出た後に誰かが入ったということはない……なんでわかるの?」
「いや、単に勘だ。なんとなく、扉の感じでそう思っただけだ」
周囲の状況から物を判断する能力は彼はそこそこ高かったはず。であればそういうこともできるだろうけど……ああ、せめてダイス目が分かれば。いや、この世界がゲーム上である前提で判断するのは良くない。そもそもプレイヤーである私たちがこの場にいるのだからゲーム的には破綻している。
「なら、予定通りあちらに向かいましょう」
「そうだな」
もう一方の道。戻るのもいいが、道のり的に先に短い道を行った方がいい。それにもし化け物が動いていれば? 化け物がその場からいなくなっていれば、その先に行ける可能性ができてしまう。であれば化け物がまだいるかどうかを確認しておいた方がいい。私たちのいた方は一応念のため調べたがまだいたので先に進みようがないのは確認した。こちらに戻る前に気づいてよかった。
入り口に戻るのもありだが、向こうに抜ける道はなく先に進む場合ここに戻ってこなければならない。なので後回しでもいい。
そういった考えの結果、先に進んでいると微かに声が響いている。
「あああああああああああ!」
「っ!?」
「これは……叫び声か!?」
耳に手を当てているのが見える。恐らくは音を聴こえやすくしているのだろう。プラス十くらい? いや、初期値……ではない、少々振っていたはず。もっとも私にも聞こえたから、はっきりとその内容が分かるかどうか、と言った所だと思う。
「急ぐぞ!」
「あ、待って!」
彼が急に走り始める。まあ何かあったとなると見逃せないだろう。それもこの声は女性、女性の叫び声だ。男として女性の危機にというフェミニスト的なあれがある可能性はある。まあそもそも警官だし。
だけど……この声は奇妙、籠っているというか、響きが違うというか……そう、あれだ、やられてるんじゃなくて……
「あれは……!」
「うわ……」
明らかに異様な光景である。女性、少女が持っている傘で全力で人を殴りつけている光景は。思わずその光景に息をのむ。人はここまで他の人に対して乱暴な行動をとれるのだと、人の持つ狂気の一端が見えてしまう。そしてその光景を見てしまえばその間に割って入るのには躊躇してしまう。止めようとしてしまえば自分の方が殴られてしまいそうだ。
だけどそんな光景であっても彼は躊躇がない。
「やめるんだ!」
「ああああああああああっ!」
流石に傘で殴りつけている少女も、大人の男性の、それも屈強なという但し書きが着く荒事職業の人間に掴まれば流石に力で抵抗しようはない。傘で殴るにも後ろでは殴りつけにくいし当たっても大きなダメージとはならない。
「すまないが、傘を頼む!」
「え、ええ!?」
急に傘をとる役目を振られる。いや、私に言われても困ります。ああ、でも……このまま放っておくわけにはいかない。彼女も武器が無いまま、暴れるというのは難しいはずだ。武器さえ奪えばどうにかまだ正気に戻せる可能性は高まるかもしれない。うん、あの人が抑えている以上、そうそうあの傘を振るうのは無理。ならちょっと頑張ってみよう……
「よ、っと!」
「あっ! あああ…………」
ある意味彼女の、今の彼女のよりどころだったのかもしれない。この傘は。それを奪って完全に意気消沈、絶望したような表情になる少女。
「……離すが、暴れないようにな」
そう言って彼は少女を解放する。少女は何もしないまま、倒れるだけだ。
「……大丈夫だから、ね」
「っ! うわあああああああん!!」
はじけたように、叫び泣き始める。多分精神的にボロボロなのだろう。そういえば彼女の正気の数値は初めから低い上に失敗連発で消費されていたししかたないのかもしれない。その少女を抱きしめながら、頭をなでで慰める。確か……幾つだっけ? 中学……高校くらいだったかな?
そんなふうに私は彼女の相手をして、その光景を彼は見つめている。そして……ぼこぼこにされていた友人、直人はぼろぼろのまま起こされることもなく放置されていたのであった。




