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「いったい何が!?」
「騎士が……」
突然蹴り飛ばされてきた騎士、そしてその騎士のいた場所、飛んできた方向を見るとそちらにルフェがいる。一体何が起きたのか。先ほどまで王の前から真っ直ぐ入ってきた扉へと向かっていたルフェがいつの間にどうしているのか。そんな疑問をその場にいた多くの人間が抱いた。そんな中一人、ルフェの消失に気づいたい最初の騎士であるルフェと一緒に歩いていたカルナックがルフェの方に視線を向け叫ぶ。
「何をした!?」
「何をって、怪しい奴を表に出すんだけど……」
「怪しい……?」
この場にいるみんなの前に出された騎士はこの国の騎士団の騎士である。何年も騎士として勤めている立派な忠義者だ。少なくとも今まで怪しい態度や行動をとったことはない。
「何が怪しいというんだ!? その者はこの国の騎士だ!」
「見ればわかる」
ルフェならば、という但し書きがつくだろう。騎士自体は普通の騎士のようにしか見えない。しかしルフェはその騎士の持つ何かに気づいたようである。もっとも周囲の者はそれがわからないため、ルフェの勝手な行動、攻撃としか思われないが。
「……俺がいったい何をしたって言うんだ? 普通のしがない騎士だ」
ようやく蹴られた騎士が痛みから復帰し何が起きたかを把握する。そしてその第一声にルフェに自分はただの普通な騎士であると告げる。
「何をしたかとかそういうのは知らないけど、これだけの人がいればその違いははっきりと分かる」
「違い? 何が違うって言うんだよ」
「匂い、雰囲気、気配、まあいろいろと」
「……は?」
騎士は自分の匂いを嗅いでみる。仮に誰かが匂いを嗅いだところでその騎士の匂いは他の騎士と大差がないだろう。それこそ個人差くらいはあるかもしれないが、いわゆる人間の体臭しかしないはずである。雰囲気や気配と言われてもそんなものを完璧にわかる人間の方が少ない上にそういうものは感じる内容に個人差が存在する。曖昧で他の者が把握できないないようゆえに、それを理由として挙げられても困るという話だ。
「な、なにが違うって言うんだ!? そもそもそれでなんで俺が怪しいと分かるんだ!?」
「まあ、見た目でわからないから仕方ないとは思う。だから……」
ぴたりと空気が止まる。その場の雰囲気が変化する。その場の空気……意味合いとしては雰囲気と言った方がいいが、その場の雰囲気がルフェに支配される。そしてその雰囲気はルフェに収束する。その場にいる者はルフェに何かが集まっていくような、吸収されるようなそんなものを感じるだろう。物理的な変化はまったくない。しかし見えない何かはそうなっていることを感じられる。
その異様な空気、雰囲気にその場にいる者は動くことができず、多くの者は嫌な汗が流れるのを感じるだろう。それほどまでにルフェに周囲の雰囲気が集中するのが恐ろしいものとなっている。纏まった雰囲気、空気はルフェの周りを溢れるように渦巻き纏まっている。そのままルフェは武術の構えをとる。
「行くぞ」
「っ!!」
ルフェはただその場で正拳突きをする。技というよりはただ拳をまっすぐ突き込んだだけのものなのだが、それをするだけでルフェの周りに渦巻いている空気が、雰囲気がその動きに沿って一気に正面へと放出される。その場にいたものはその空気がまるで爆発するかのような波動で放出されたことを感じ取ることができただろう。気の弱い人間であればその放出の影響で腰を抜かしたり気絶したりしかねない。
その雰囲気の放出によりその場のルフェに集まっていた空気は元に戻る。そしてその様子を見守っていたその場にいる者がざわざわと騒ぎ出す。
「おい、あれ……」
「何で……あいつ一体……」
ざわざわと騒ぎ出す要因は先ほどルフェに蹴り飛ばされた騎士を見て、である。いやその騎士は騎士ではない。
「……なんで皆俺を見てそんなに騒ぐんだ?」
「自分の姿が……見えるわけがないか」
「何?」
騎士だった者が自分の体を見る。見えないと言っても見えないのは顔であったり鎧や服の内側であり、腕や足などの露出のある部分はいくらか見えるだろう。その自分の体を見て、騎士だったものは驚く。
「なっ!? 俺の変化魔術が解けているだとっ!?」
「へえ。変化魔術なんてあるのか」
騎士だった者。ルフェの訳の分からない行動により騎士だった者は元の姿を現していた。その姿は蜥蜴、騎士だったものは人間のような姿を持った蜥蜴の姿をしている。いわゆるリザードマンというものであり、すなわち魔族である。
「お、お前いったい何をした!? 変化魔術を解くなんてことは魔術でもできないはずだっ!」
「魔術ってのが何かは知らないけど、お前のそれは単に体に纏っているだけのようなものだろ? なら一気にはっ! って気を放出すれば吹き飛ばせるに決まってるだろ」
「な、なにを言っているんだこいつは!? わけがわからん!」
魔術というものは特殊で一部の者しか持ちえない才能だ。それでもこの蜥蜴男の持つ変化魔術は解くことはできない。これは蜥蜴男の魔術は魔族が持つ特有の特殊能力のようなものであり、人間の扱う魔術とはまた別物だからである。しかしその特殊な魔術をルフェは解いた。明らかに異常なことである。さらにいえばその内容もまた異常である。蜥蜴男の魔術は自らの体に幻影のように纏う、性質としては着ぐるみのようなものに近い。この魔術は簡単に外から解除することはできない。解除できるのはその魔術をかけた本人くらいであり、その魔術を使用するための燃料さえ継続供給されれば解けることはないくらいである。
そんな物をただ気を放出して吹き飛ばして解除する、などと言われても意味が分からないだろう。纏っているものを取り払えば解除されるというのは確かにそうなのかもしれないが、少々異常な話にすぎる。そもそもこの世界において気というものに対する認識は薄い。気迫や雰囲気などでの認識はある者の、明確に人の持つ気という概念に対する感覚は薄いだろう。もっともルフェの言う気も正確には気とはまた少し違うものでルフェの規格外の能力による産物である。
それはともかくとして、蜥蜴男の正体はルフェにより暴かれた。魔族が城に侵入していた、それも何年も潜伏していったい何をしていたのかはわからないがその潜入工作が判明した以上それに対応しなければならないだろう。
「今すぐ捕まえろ! 最悪殺しても構わない!」
「ちっ! 糞が! だが最後に一つやらせてもらうぜ!」
蜥蜴男がいる場所のちょうど真っ直ぐの位置、其方の方向に向く。その視線の先には王が存在する。ルフェに弾き飛ばされたところはルフェが扉から進んだ王に謁見する道だから当然である。間に遮るものはなく、王の周りにいる騎士もこの唐突な状況に咄嗟に自己の判断が難しい。すぐに行動に移し王を守る行動はできるかもしれないが、襲ってくる蜥蜴男の迎撃は難しいだろう。王を守ることはできても追撃までは防げない。側近もそこまで命を張れるかどうか。
そもそも相手は魔族、潜伏していた蜥蜴男の実力は未知数はあるが少なくとも普通の人間よりははるかに強いのである。それを相手に騎士たちがどの程度対応できるのか。
蜥蜴男は王の命を狙い、真っ直ぐ王へと突き進む。蜥蜴男は二本足で立てる人型に近い様相だが蜥蜴のように四足の方が実は速い。這いつくばりざざざと道を進み、王へと飛びかかろうとする。
しかし蜥蜴男よりもはるかに速い存在がこの場に入るのである。誰も気づかないほどの速さで移動する化け物じみた存在が。
「ぐげっ!?」
「っと」
王へと迫る蜥蜴男を蹴り飛ばした影が一つ。ルフェである。この場で蹴り飛ばすなどという命をとれない一撃をするのは少々甘い選択ではあるが、場所が場所だ。この王城の華美な部屋である謁見の部屋を血や肉をまき散らして汚したくないと無意識に思った結果である。そのため蜥蜴男は命を取られることまではなかったのである。どちらにせよ次のルフェの一撃が叩きこまれるまでだが。
蜥蜴男は蹴り飛ばされ宙を舞う。それをルフェが跳んで追い、その首を掴む。そしてその首を捻じ曲げた。およそ五百六十度くらい。流石に一回転以上首をひねられていればいくら生命力の高い魔族であっても生存は許されない。
「ふう……えっと、怪しい奴は倒しておきました」
「う、うむ…………すまぬな」
王もルフェのその言葉に頷き感謝を述べる。動揺と戸惑いばかりだが、ひとまず対応できるだけ十分であるだろう。ただ、今回のことにどういう判断をすればいいのか、王城、それも騎士団に潜伏していた魔族を暴き出したその功績をどう評価すればいいのか。今すぐに判断できることではない。王はひとまず今回の事に対する対応は後回しにすることにして、ルフェを帰すことに決めた。このままではいつまでも王城に拘束することになってしまうだろう。
「カルナック、その者を住んでいるところに送ってやれ」
「はっ……わかりました」
カルナックも現状に戸惑ってはいるものの、王の指示は絶対である。カルナックはルフェを伴い王城を出て、宿へとルフェを送っていった。
「………………」
「………………」
「………………」
その場無言の静寂で満ちていた。同僚が魔族であったと知った騎士や、魔族がずっと活動していたことを知った城の警備、そのほかにもルフェの規格外の能力、魔族が潜伏して何かをするということ、様々な点で疑問や戸惑いが多いためである。しかし彼らもこのまま何もしないというわけにもいかない。城に魔族の潜伏という事実がある以上危険なこともある可能性は想像に難くない。
「すぐにその者の身柄について調べよ! 住んでいた部屋、関係していた人物、所属していた騎士団に関しても聞き取りと魔族と関係を持っていないかの調査をせよ!」
「はっ!」
「亡骸も詳しく調べよ。魔族の調査をできる機会などそうないだろう。弱点でもわかれば今後に役立つかもしれぬ」
「はっ!」
「……はあ。全くまさか魔族が侵入しているとはな」
魔族の行動としてはレアケースである。少なくとも今まで人間社会に潜伏して何かをしていたということはない。魔族と人間の戦いはだいたいが直接戦闘を行う戦争のようなものだ。今回のようなことは珍しいどころの話ではない。すぐに何か問題が起きていないか、王城で何をしていたのか、どこかと連絡を取っていたのか、他にも侵入している魔族はいないかなどが調査される。
ルフェが王都を守ったことを発端に色々とは銘する新たな事実。流石にこれ以上何か起きたりはしないだろうな、と王様は考える。そしてルフェを騎士へと取り立てることができなかったことを少し悔しく思い、何か他に手立てはないかと考え始めるようになった。ルフェ一人いるだけで魔族に対する対処が楽そうなのでそれも仕方がないことだろう。もっともそれがかなうことは今のところなさそうではあるが。




