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「え? あ、あの、ルフェさん? さっき私の上に乗っていた魔物が飛んでいったと思うんですが……」

「ああ、俺が蹴っ飛ばしたし。流石にリルツェが下にいたからちょっと吹き飛ばすくらいにしたけど」

「ええっ!?」


 リルツェが驚く。誰でも驚く。蹴っ飛ばすことそのものはわからなくないかもしれないが人間の脚力で魔物を蹴っ飛ばしてもせいぜいがリルツェの上から退かして近くに転がす程度だろう。しかし実際に行われたことは真横に十数メートル吹き飛ばすという一撃である。小型ならまだわからなくもないが、大型の虎を蹴り飛ばすのは人間業ではない。

 それにルフェの言い方ならばリルツェが下にいたから吹き飛ばしたという話である。逆に言えばリルツェがいない状態ではどうしていたか。そんなことにリルツェの気が向く。

 しかし呑気にそうしている間に先ほど吹き飛ばされた虎が復帰する。流石にルフェの実力であっても手加減していれば大型でそこそこの固さを持つ虎の魔物に対して大ダメージとはいかない。それでも体を打ったダメージや蹴ったダメージがあるが、その程度の痛みで止まる魔物ではない。むしろ怒りを感じ自分を吹き飛ばしたと思われるルフェとその後ろにいるリルツェに大きく怒りの咆哮をし襲い掛かる。

 この虎の魔物の特徴である周囲との同化、擬態能力を利用し自分の動きをわかりづらくする。それでも動いていればその動きは丸わかりだ。しかしその大きさ、攻撃の動き、様々な部分で惑わす効果がある。ある程度距離感にも影響を与え、近づいたと思ったら遠くにいる状態で遠くにいると思ったら近くにいる状態、右に行こうとしているのに左にいたり正面から迫っていたり、よくわからない状態になるだろう。擬態どころか幻惑効果も多少はあるのかもしれない。理屈は不明である。

 そして虎の魔物はルフェの左から跳びあがり襲い掛かる。


「きゃあっ!?」


 リルツェは叫びをあげる。何かが動いたと思ったらそこに虎がいてその虎をルフェが掴み身動き取れない状態にされていたのだから。狩猟組合で狩人二人に絡まれた時と同じ、完全に固定した状態である。人間が相手であるあの時と違い、今回は手加減をする必要はない。


「とうっ!」


 ルフェは虎の頭に拳骨を叩きこむ。脳天を叩き潰された虎は脳が潰され死亡する。頭蓋骨とかそういう固いものが全く影響しない強力な一撃は流石ルフェというべきか。


「……え?」

「これでここはよし。じゃあリルツェ、ここは大丈夫だから俺は行くな」

「あ、ちょ、ちょっとルフェさん!?」

「他にもまだ一体いるんでな! それさえ終わればアイネと合流して宿に戻るから!」

「あ! 宿は閉めるつもりなんですけどっ!?」


 リルツェの言葉を聞く前にルフェはどこかに跳んでいく。恐らくはルフェの身体能力の異常さであれば聴こえているかもしれないが、そもそもリルツェやクレアマリーと合流しようにも彼女たちが行く場所に関して全く知らない以上、ことが終わった後は宿に入れないのであれば宿の前で待っていることくらいしかできないだろう。いや、ルフェがいる以上二階に空いている窓でもあればそこから入り中の鍵を開けることは出来そうだが。


「……強いんだ、ルフェさん」


 話に聞いていたルフェの強さを初めて目の当たりにするリルツェ。当然目の間で行われればその強さを理解できる。そしてその頼れる強さも。


「………………あ、宿……閉めていかないと」


 当初の目的である宿の戸締り。現れた魔物はルフェに退治されたとはいえ、絶対にその付近が安全とは限らないしそもそも何が起きているか、これからどうなるかの現状把握は完ぺきではない。ひとまず目的であった宿の入り口の鍵を閉め、クレアマリーの向かう所に合流を目的に向かった。






 そうして魔物の侵入騒動、および王都に襲い掛かってきた魔物の襲撃の騒動は終息する。今回のことは一応騎士団が対処し魔物を退治したことになっている。侵入した魔物に関してもある程度はそういうことになっているが、あくまでそれは公的なものとしての話として王都の人間のいくらかは認識している。入り口付近で隠れて騎士団が戦っている光景を見た人間や、魔物に襲われかけていた人間、それ以外にもいろいろといるからだ。

 騎士団としても今回のことは完全に自分たちの成果であるわけではないと認識しており、その成果を奪うような形になることは不名誉であるとも思っている。ただたった一人の人間がやったと言われても信じられないし、こういう時に不安を払拭するために騎士団の成果とした方が色々都合がいいためそういうこととなっている。

 もちろんそれを通告したとしてもルフェが行ったという事実が変わるわけではない。王城側としてもそれだけの実力を持つ人間をそのままにするなどありえない。よって騎士団の人員を使い魔物の被害の復興がてらルフェの情報収集にあたっている。特に幸いなことにカルナックがルフェの名前を聞いているため、その情報収集に困ることはなかった。

 ところで騎士団がそんなことをしている間、ルフェは変わらず仕事をしていた。魔物の襲撃もあり、周辺の野生動物が少なくなった理由もおおよそわかる。そういうこともあって今は周辺の動物が減少しているということもあって宿の力仕事をメインに手伝っている状態だ。


「ふう、こんなもんかな」

「ありがとうございます、ルフェさん」

「いや大したことじゃないし」


 薪の作り置きや今回の騒動もあって魔物が戸を破壊して入ってこれないようにするための内部からのバリケード用品など。なおアイネは今回のこともあり避難が必要な場合にするべきことの指示、内容、知識、地図などの確認をしている。


「仕事の方はいいんですか?」

「魔物が来たばかりだから、動物とかいないからな」

「ああ……確かにそれはありそうですね。でも魔物は確かあちらの入り口から来たんですよね?」


 宿のある方の入り口ではない方角の王都の入り口。魔物の群れが襲ってきたのはそちらの方角だ。そうであるならばこちら側及び他の二方向の入り口から出た方角であれば魔物により野生動物が食べられていないのでは、と考えることができる。

 しかし実際にはルフェのよく出る宿に近い入り口の方向でも動物の類は少なくなっていた。どういう経路を通ったのか、どこに魔物たちは待機していたのか、それらを考えれば単純に魔物が襲ってきた方向だけが被害を受けたわけではない。待機している魔物などがいたのかもしれないし、別方向から誘導されてその道中にいた動物を襲いつくした可能性、色々と考えられる。どちらにせよ一度ルフェは外に出て動物の数を確認している。やはり依然とそこまで変わっていない様子であるため宿の手伝いに専念することに決めたのである。

 今回のこともあり王都の状態が安全だと確認されてから狩人としての活動に戻るつもりだ。


「ルフェ!」


 ルフェがいろいろとリルツェと話している。そこにアイネが突然現れる。


「あれ? アイネ? 何か用」

「ええ……リルツェと話してたの?」

「はい。色々と話を聞かせてもらっていました」

「ふーん」


 アイネがじーっとリルツェを見つめる。最近のリルツェの様子、特にルフェと話すときの雰囲気が変化したことに気づいたからである。ようは色々と怪しんでいる状態だ。何をとは言わないが。


「アイネ?」

「あ! そうそう、ルフェを呼んできてほしいってクレアさんに頼まれて」

「そっか、ちょっと片付けてならすぐ行くよ」


 色々と作業をして散らかっているその場をぱぱっと片付けてルフェはクレアマリーのところに向かう。そんな中、ルフェのいなくなったその場に残ったアイネとリルツェ、二人の間で微妙な空気が流れる。

 ここ最近のリルツェの様子にアイネは気付いている。そのためアイネとしてもいろいろと危機感があるのだが、行動には移れていない。ルフェ以上にアイネの方が肝心なところで積極的になれない状態だ。なのでリルツェに色々とルフェに関して訊ねてどういう状態なのか、どう思っているかの情報収集をしたい。そう思っているのである。しかしルフェでなくともリルツェと良好な関係を築きたいアイネとしてはリルツェにも積極的に聞きこむことができない。

 そんなふうにどうしよう、と考えているところに逆にリルツェの方から話しかけてきた。


「アイネさん、後で時間いいですか?」

「えっ!? あ、うん……いいわよ」

「ならルフェさんがいないときに部屋の方に……いえ、アイネさんが私の部屋に来てください。ちょっと話したいことがあります」

「……ええ、わかったわ」






「クレアさん、いいですか?」


 ノックをしてクレアマリーからの返事をルフェは待つ。すぐに返事は返ってきて入っていいと言われルフェは中に入る。


「クレアさん、何か用事って話だけど」

「いえ、確かにルフェさんを読んだのは私ですが、話があるのは私ではありませんよ」


 そう言ってクレアは視線を右に動かす。つられてルフェもそちらに視線を動かす。気配で一応存在はわかっていたが、それがどういう相手かは不明であった。おおよそはわからなくもないが、結局大雑把にしかわからない。そこにいたのは鎧を着こんだ騎士である。


「あ……確か街の入り口にいた騎士の人」

「確かにそうだが……ああ、私は名乗っていなかったな」


 ルフェは一応見覚えがある。魔物の襲撃の時、ルフェに声をかけた騎士である。


「私はカルナック。この王都の騎士の隊長格の一人だ」

「俺はルフェです」

「知っている。君に用事があってきたんだ」

「……用事?」


 いったいルフェはカルナックが自分に何の用事があるのか。別に悪いことをした覚えはないが……と思いつつも実のところ心当たりがないわけでもないのだが。そんな心当たりを考えつつ言葉を待つ。カルナックは重い口を開きルフェに用件を伝える。


「君を王城へと招待する。拒否権は……あるが、できれば断らないでほしい。君の要望はなるべく叶えようと思うが、こちらも立場があるし、招待する者にも相応の立場がある。返答してほしい」

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