話の続き7
喫茶店についた。
純喫茶だからというのは理由にならないかもしれないけど、この喫茶店には裏口や勝手口がない。だから私はお客さんと一緒に入口から入った。頻繁に見る若い男性客だ。
「あ、どうも」
「いえいえ」
店員なのに、男性客にドアを支えられて、入れてもらってしまった。
店に入ると奥の控え室で私服に着替えてエプロンを付ける。濃い緑色のエプロンで、その中は何を着ていてもいいのだけど、まさか制服でいるわけにもいかない。
客は数人。広くも狭くもない店内に点在している。
さっき入ってきたお客さんに斎藤さんがお冷を出して帰ってきたところだった。今日は忙しくなさそうだ。もっとも、忙しい日なんてほとんどないのだけど。
先ほどの男性客はしばらくメニューを見ていたが、閉じて、私を手で呼ぶ。
「メニューはお決まりでしょうか?」
お決まりの台詞を私は言う。
「えーっと、今日って福井さん休みなんだっけ?」
男性客は店長のことを親しそうに福井さんと呼んだ。
「はい、そのためお出しできるメニューが限られております」
「えーっと君、名前は?」
「え…あ、はい、河原です」
私は急に名前を聞かれてうろたえる。
「あー、ごめん、僕は原田。河原さんは何作れるの?」
どうやら私が作れるメニューを知りたかったらしい。
「この辺は作れます」
私はメニューのパフェやスイーツコーナーを指差す。作るというほど行程が複雑でないものばかりだ。
「えーっと、お腹がすいてるんだけどな」
原田さんは笑いながらそう言う。
奥では斉藤さんが心配そうに私を見つめている。
「えーっと、あとはカレーなら。作ってあるのを入れるだけですし」
「身も蓋もないことを言うなあ」
原田さんは嬉しそうにそう言った。
「だって店長が京都に旅立たれましたし、私ウェイターですし……」
私は言い訳を沢山言う。カウンターの奥で斉藤さんが呆れているのがなんとなく
わかる。
「そだうよね、じゃあオムライスで」
「カレーしか作れないって言ったんですけど……」
原田さんが変なことばかり言うから、私の敬語はどんどん崩れていく。
「オムライス作ったことないの?」
原田さんが驚いた表情を見せる。
「家ではありますけど、お店では…」
「じゃあ大丈夫、それでいいから作ってくれるかな
私は少し動揺して、そのあと色々思案したけど、お客さんがそう望むなら……とシンプルに考えて頷いた。
「かしこまりました」
私は伝票にオムライスと書いて、その場を去る。
厨房にまで戻ってくると斉藤さんは座ってコーヒーを飲んでいた。普段は店長と私たちどちらかで、二人で仕事をすることはほとんどないのだ。大体が大学生の斉藤さんが放課後私が来るまでの間にシフトを入れている。
「原田さんって、変な人でしょ」
斉藤さんがそう言う。この距離だと本人にも聞こえるのではないかと思って原田さんの方を見たが、原田さんはパソコンを取り出し、画面を見たりキーボードを叩いたりを繰り返している。
「オムライス作らされることになりました」
発言にため息が混じる。
「あら、普段はカレーばかり注文するのに」
「え、そうなんですか?」
私はまた原田さんを見る。窓側の席を陣取って退屈そうにそとの景色を眺めている。
「からかわれたのかな」
斉藤さんは笑ってそう言う。
「ですかね……」
店長が作る料理とは比べ物にならない普通のオムライスを作ってしまった。斉藤さんはそれを見て普通だねと言った。
原田さんのテーブルに向かう。
「お待たせしました。オムライスです」
原田さんはパソコンを端に寄せる。私はそこにオムライスを置く。
「ありがと」
「ごゆっくりどうぞ」
厨房の隣の待機用の椅子に座る。
「原田さんっていうんですって、結構見るのに名前知りませんでした」
私は斉藤さんに向かって小声で言う。
「店長と仲良しでよく来るんだけどね、店長が忙しい時はあんなふうにずっと仕事してるしね」
「確かにいつも仕事してますけど、こんな時間から喫茶店でコーヒーを飲めるって何の仕事なんですかね」
私は原田さんを見ながら言う。私の記憶では、店長と喋っているときは、笑っていて、料理を食べているときは普通で、仕事をしているときは、どこか物憂げな表情をする人だった。




