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あなたとならなのに  作者: 悪徳渋助
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話の続き5

 私はなんだか、もう学校なんてサボって、鍵の開いている玄関からただいまって言って入っていって、おじいちゃんと将棋を打ちたい気分になった。多分おじいちゃんは今新聞を読んでいるだろう。 


 ぼーっと思案していると、私は一瞬にしてひらめいてしまった。


 脳というのはまことに末恐ろしいブラックボックスだ。その時の楠橋くんの嬉しそうな顔と退屈な相談が私の脳内に入力される。そして、今朝のニュースを思い出す。

 悪魔でさえ囁きかけてくれないような妙案が出力された。おじいちゃんのおうちは平屋だ。そして玄関に鍵はかかっていない。

 

 ほんのいたずらだ。楠橋くんにちょっとした嘘を言うだけ。


 でも、どうしよう。常識外れすぎる。


 ちょっとした悪戯だ。楠橋くんに、ここが隠れ家的レストランだよ。戸澤さんと行っておいで、と言う。

 

 そうしたら、楠橋くんは何も考えずに、週末あたりには鍵の開いているおじいちゃんのおうちに入っていって、レストランに来たように振舞う。おじいちゃんのおうちはいつも綺麗に整理されて、掃除も行き届いているから。戸澤さんもすぐには気がつかない。


 おじいちゃんは急に知らない人が入ってきたことに驚く。


 会話が噛み合わないまま、どこまでいくだろう。


 楠橋くんは恥をかいて家に帰る。


 面白いかもしれない。秩序の崩壊だ。もしニュースになんかなれば、隠れ家的レストランに足を運ぼうとするスノッブな人間を疑心暗鬼の沼に落としいれることができるかもしれない。

 

 でも、それでいいのだ。それで、隠れ家的レストランの秘匿性は守られる。秩序の崩壊が、伝統的な秩序を維持するのだ。


 でも、私はここで冷静になる。


 本当にやっちゃっていいのか……


 色々な考えをまとめようと脳は一瞬のうちにぐるぐる回った。ぐるぐるぐるぐる。隣を歩く楠橋くんの笑顔は止まったままで脳内はぐるぐる。朝から忙しそうにゴミステーションのゴミを漁るカラスもとまったままだ。脳内はぐるぐる。

 

 だけど、半ば意思は固まっていた。私はどこか浮かれていたのかもしれないし。楽しそうに隣で笑う楠橋くんに一泡吹かせてやろうって。一泡吹かせてやろう、うん、的確な言葉だ。そう、そう思っていたのだ。決意とともに思考は減速し、楠橋くんの笑顔はすこしずつ私に対する期待めいた表情になっていった。カラスはゴミ袋を乱暴に食いちぎった。


 入れ違いに私の心臓は鼓動が早くなった。


「あ、楠橋くん」


「ん?なんかデートスポット思い浮かんだ?」


「今見て思い出したんだけど、あそこに平屋があるのわかる?よく手入れされて

てちょっと小奇麗な」


おじいちゃんは庭の手入れとか好きなのだ。それにあの木の柵みたいなのも何となくそれっぽい。


「あーうん、あれがどうした?」


「そこが看板もメニューもかかってないけどレストランなんだって。戸澤さんを連れてきてあげたら?値段はそんなに高くないよ。本当に知る人ぞ知る店だから予約も必要ないしお昼だと二人で1万円くらいだったかなあ」


「あー今流行りの隠れ家的レストランってやつか。1万円かー、今月のバイト代ほとんど使ってないからな」


楠橋くんは何やら勘定をしている。


私はクスクス笑う。非生産的な悪戯だ。欧米の人の変なイタズラに勝るほんとに最悪のイタズラだ。


「よし、行ってみるか」


楠橋くんは決心を口にする。


 高校生のくせに彼女と隠れ家的レストランなんてきっと間違ってるに違いない。なんというか、ませてる。そんなませがきに私が一計を案じよう。


 間違ってるのはきっと私のほうだけど。


 あとできちんと謝ろうと思った。でも、とりあえずなんだか面白くって。楽しみだなあ楽しみだなあって嬉しそうにはしゃぐ楠橋くんが少し可哀想な気もしたけど、細かいことは気にしないようにした。


 それから電車に乗って、普通に楠橋くんと世間話をして、その頃になると楠橋くんは溶けそうな顔で戸澤さんの惚気話をすることもなく、普通に映画の話とかをして、学校までついた。


 「じゃあ俺1時間目移動教室だから」


 教室に向かうために階段を登ろうとすると楠橋くんはそういって廊下の方を指差した。


「ああうん、ばいばい」


「あ、それと河原」


楠橋くんが呼び止める。


「なに?」


「失恋でもしたの?」


楠橋くんは自分の髪の毛の襟足あたりを指差した。確かにそう思われても仕方ない。


「ううん、衝動的に」


私は笑ってそう答える。


「それはそれで結構いい感じだよ」


楠橋くんはそう言う。


「ほんと?彼氏とかできちゃったりして」


私は軽口でそう言う。


「河原なら別にできるだろ。色目とか使ってみたら?」


楠橋くんに色目とか言われたらなんだかおしまいな気がする。


「楠橋くん彼女できたからって調子にのっちゃって」


私はやれやれって感じでそう言う。


「否定はしないかも」


楠橋くんはそういうところで幸せそうに開き直るから、私はそれ以上言えなくなる。


「じゃあまた」


「おう、レストランのことありがと」


「うん、楽しんできてね」


私はくすくす笑いながらそう言った。教室に向かう。


非日常を作りあげたような気がして、達成感が漂っていた。


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