話の続き2
今の日常の周期が始まってから2年が経ったことになる。高校に上がると同時に、朝起きる時間が少し早くなったのだ。朝起きることには2年経っても少しもなれないが、朝バタバタすることには慣れてしまった。
どんな時間に起きても、お母さんは必ず朝食を食べさせる。
「どうせ遅刻なんだからコーヒーくらい飲んで行きなさい」
というのはお母さんの口癖で、中学生の時の私がそれを口癖にさせてしまった張本人なのだ。
だけど、高校に上がってからはそういうわけにもいかなくなった。推薦で大学を決めてやろうという野望ができたのだ。
私は勉強が得意な方ではない。記憶力も良くないし、3年間やったことを覚えて試験に望むよりかは、その時その時の定期テストを頑張って、成績を常に維持して、最後は面接とかでささっと大学に受かる方が自分向きだ。とにかくそういう算段なので、高校に入ってからは一度も遅刻したことがない。成績も上々。特別悪い教科もない。このままいけば、可能性は十分あると思う。高校が始まってからの2年間に後悔していない受験生は少ない。そう言う意味では特に問題もない2年間だったと思う。
だけど、2年間、毎朝朝食を食べながらバタバタしているのである。
「今日の特集はこれです」
居間でついているテレビが朝の情報番組を流す。それを聞き流しながら私は朝食をコーヒーで流し込む。流し放題、流れ放題だ。固めの目玉焼きの黄身をほおばる。黄身が固めの目玉焼きは半分生の黄身が皿に付くことがないからもったいなくて好きなのだ。
「今日の特集は、隠れ家的なレストラン特集!!」
太り気味の人の良さそうな男性ニュースキャスターが毎朝様々な情報をお届けする。薄い青のシャツに、黒のサスペンダー。少しお腹が窮屈そうだ。それ以外特徴のないニュースキャスターだ。
その人の正確な年齢はわからないが40代前半あるいは後半といった感じで、2年前の今頃から見ているが、その番組がいつから始まったのかはわからないし、その人がいつからニュースを読むようになったのかもわからない。
とにかく、その人は私が2年前のこの時間に、目玉焼きをほおばりはじめたのよりさらに前から、朝の情報番組をやっているのだ。
ニュースキャスターの発言とともに、ニュースキャスターの隣にある画面が切り変わる。デカデカと「隠れ家的レストラン」と優雅なフォントで文字が出る。右下には目立ちすぎないことだけを意識したフランス料理が画面に華を添えている。
隠れ家的なレストラン……隠れ家的なレストラン!?
頭の中で二度反芻された言葉は二度目の隠れ家あたりで意味をなし、それが指し示す内容に驚いた私は画面に注目する。
なんてことだ……朝の全国放送で隠れ家を紹介するのか!!それは隠れ家に対する冒涜ではないか。せめてサンテレビとか地方の局が放送するならまだわかる。しかし、全国規模となると話は違ってくる。
「実は街には一見するとレストランに見えないような隠れ家的なレストランがたくさんあるんです」
トピックスの性質上、少し自慢げで少し楽しげな声で太りぎみのニュースキャスターはそう言う。
駄目だ駄目だ。隠れ家を自慢するなんて。小学生男子の方が何倍も隠れ家の秘匿性を理解しているだろう。それをこんな朝っぱらから。第一、こんな朝にやっていたら、もし仮に男性視聴者が今度彼女と行こうと思い立っても、彼女からすれば「あーこの前テレビでやってたやつね」といった趣になるではないか。
そう思うとニュースキャスターはどことなく無神経そうに見えてくる。ちょっと太っているし。
しかしよく考えてみると、隠れ家的レストランと言っているので、隠れ家ではなく、あくまで隠れ家的であるだけなのだろう。おそらく本当にお金持ちの客相手にやっている店以外は、こうやって紹介されることに抵抗がないのかあるいは、経営上の理由もあるのかもしれない。
「まずは一軒目を紹介しましょう。この店、シェフからの要望で詳しい店の場所はお教えできないんですが大阪市内にあるお店で外観はこんな感じになっています」
また画面が切り替わる。幅の狭い道路を挟んで撮った建物の写真が映る。メニューも立てかけていなければ、看板も見当たらない普通の平屋で脇に引き戸があり、その先に店のドアがあるようだ。黒ずんだ木の塀が少し演出がかり過ぎているが、確かにこれはレストランに見えない。
「おお、これは確かにレストランに見えないですね」
画面のとなりで説明するキャスターの逆隣に座るコメンテーターが言う。
「これは素敵ですね」
さらに隣のもうひとりのコメンテーターが相槌を重ねる。
最初に発言したコメンテーターは、年齢的には無理のある黄色いブラウスを着た主婦タレントで、私が生まれたときは全盛期を迎えたアイドルだったらしい。私にはぽてぽての主婦タレントとしてのイメージしかないのだが。
後に発言したコメンテーターは文化人類学専門の顎の尖った男で、ニュース番組に起用されているところをたまに見る。ギャンブル漫画から現実世界に飛び出てきてしまったのだろうか。顎が尖っていて黒いスーツが似合っている。
ニュースキャスターが続ける。
「このお店は3年前にオープンして毎日料理長がその日取れた食材とその日の気分でメニューを決める和食の懐石料理店で、2人組での来店しか受け付けず、ランチは4組、ディナーは6組しか受け付けないんだとか。お値段の方もちょっとお教えできないんですが、取材のため特別にいつも作っているような料理を作ってもらいました」
何となく和食のお店でランチとかディナーとかっていうのは雰囲気に合わないような気がしたが、不似合いといえばそもそもこの時間から隠れ家的レストランを全国ネットで紹介するほうが不似合いなのだけど。
また写真が切り替わる。
画面にたくさんの料理が並ぶ。写真の右横につらつらと献立が書いてある。
「つき出しは炊き野菜と自家製の湯葉…お吸い物、白子すり流しのお吸い物、造り、鯛と伊勢海老の福寿盛…炊き出し、もずく蟹柚釜玉」
「早く食べちゃいなさい。遅刻するわよ」
私がひとつずつ料理名を口にしたことに焦れたのか、お母さんがそう言った。お弁当を詰め終えたお母さんは、台所にもたれかかってコーヒーを飲んでいる。
「はーい」
私は気がつかないあいだにほとんど食べ終えた朝ご飯の最後の一口を口に入れる。食パンの耳の香ばしい味がした。




