話の続き11
新しいシーンから始まるので、ぶつ切り防止のかぶりは無し
私は、月曜日に楠橋君に会うまで、楠橋君にとんでもないイタズラをしたことをすっかり忘れていた。
登校中、楠橋君に会った時も、「あれなんか言うことがあったはず」と首をかしげてしまった。朝の爽やかさは人を暢気にさせるから多分、それのせいも少しはあるかもしれない。
「おお、河原。行ったよ、隠れ家的レストラン」
この芝居がかった倒置法で楠橋君との会話が幕を開けた。
私は久しぶりに思い出して、あの時のよくわからない興奮が随分冷めていたので、「あ、ヤバいことをしてしまったかな」と常識的な考えに至った。
「なるほど」
どうだったの?と聞くのもわざとらしいし、どこか騙された側のテンションとしておかしいことも気になるし、私は「なるほど」と的外れな相槌を打ってしまう。
「あそこ、良いなあ!!本当に美味しかったよ。席もひと組分しかなくってさ」
私は驚く。私の想定では、赤っ恥を掻いた楠橋君が結構真剣に怒ったトーンで私に迫ってきて、私が謝りながらも、少し舌を出すという感じだったのに、どこかおかしい。
「へー何食べたの?」
私は何をどう聞けばいいかも分からず、まるで本当に隠れ家的レストランに言ったように会話をすすめる。もしかして、おじいちゃんちの扉、時空が歪んでる?
「まずは冷奴だったんだけどさ、凄いの。薬味にみょうがとしそと生姜とネギが小皿に乗って出てきて、その中からお好みでかけて食べるんだ」
私はその冷奴を想像する。赤みがかったみょうが。黄色い綺麗な生姜。緑のネギとしそ。全部乗っけても味を殺しあわないかは心配だけど、色とりどり。ベースは豆腐の白。綺麗だなあ。
「おお、それはすごい」
やっぱりおじいちゃんだと思った。登おじいちゃんは、豆腐が大好きなのだ。よく近所の美味しい豆腐屋さんで豆腐を買うし、薬味が大好きだし、登おじいちゃんの妹が、よく「おじいちゃんは食べ盛りの十代の誕生日に『今日のご馳走、何がいい?』と聞かれて豆腐と答えた」と昔話をしてる。
「だろ?次が温野菜。お刺身。それからかやくご飯。それから、お吸い物に、デザートは杏仁豆腐とさくらんぼ」
「すごい、本当に料亭みたい!!」
私は感動して、歓声を漏らす。
「いや、本当の料亭だから」
何も知らない楠橋君は、至極真っ当なことを言う。
「そっか、本当の料亭だもんね」
私は、どこかおかしいと思う。
登おじいちゃんが運良く料亭を始めた?ううん、それは可能性として低すぎる。
家を間違えた?それはあるかもしれない。楠橋君は少し抜けているし。でも、お豆腐に対する真剣さは紛れもなく登おじいちゃんのそれだ。
「それでさ、デートはもう大成功でさ、」
楠橋君の楽しそうな声が思考に割り込んでくる。
「戸澤さん、喜んでたんだ」
「もう、大喜び。家族とも来た事ないってさ」
家族と来たこともないくらい敷居の高いお店に同級生の男の子に連れてこられるのも微妙になんか、居心地が悪いような気もするけど、そういう「身の程」って言葉は無邪気な戸澤さんには似合わない。
それにまあ連れてこられたのは、私の知るところ、恐らく普通の民家なわけだし。あれ、値段はどうしたんだろ……
「それで、値段はいくらしたの?」
微妙に会話が飛んだなと我ながら思う。
「そう、それが来客50人目だから半額にしてくれてさ、一人2500円で済んだんだよ。僕が行きたいって言ったから奢ったらさ、その後、行った喫茶店では戸澤さんが奢ってくれてさ」
高校生のくせに、なんてお洒落で贅沢なデートをしてるんだ……そんなのは村上春樹の小説に出てくるスノッブな大学生がするデートだ……もし、この内心が声に出ていたら、高校生のくせにの部分は随分と声が裏返っていたように思える。落ち着け、楠橋君が行ったのはただの民家だ。ただの民家。だけど、そこで、何かがおこったのだ。
「へー、それはすごかったね」
私はどこか取り残された気分になる。




