侵攻
星間連合国家ができたこの時代とはいえ、手元の通信機で通信できる範囲はそんなに広くはない。
人の居住エリアが惑星表面の十パーセント以下という星がほとんどの現状では、通信インフラなど期待できるわけもなく、バットも「ジュピター13」と交信するため、アテナと街の外れまで戻ってこなければならなかった。
『まぁ、社長。どうなさいました?港湾局から何か言われました?』
通信に出たのは、郭だった。
どうやらティータイムだったらしい彼女は、のんきな調子でこちらの様子をのぞき込む。
いろんなことがあり過ぎて忘れていたが、そういや、そんな用事で出かけたんだっけ、とバットは今更のように思い出していた。
「ああ……そっちの話も厄介なんだけど、もう一つ厄介ごとがあってね」
『厄介ごと?なんですの?』
「その……、なんだ、単刀直入に言うと、魔法使いの人の仕事を受けることになったんだ」
『魔法使い……?』
一瞬郭はバットの言葉にカメラの向こうで目を丸くしたが、やがて何を言ったらいいかというような渋い表情に変わる。
そして、こめかみに手を当て、彼女は大きく息をはいた。
『……社長。このようなお話は、あまり通信でなさらないほうがよろしいかと。一応業務回線ですので、これ』
一体何を言いだすんだこいつは、とでも言いたげに社長をたしなめる郭。
それにバットはそうだろうな、という思いで天を仰いだ。実際自分も、今の状況が信じられないくらいだ。
「いや、信じられない気持ちはわかるけど、本当なんだ。だから……」
『社長、深呼吸してください。1,2.3,……大丈夫ですか?はい、もう一度、1.2.3』
「ああ、大丈夫、大丈夫、自信ないけど正気だから……」
何かこちらにかぶせ気味に語り掛けてくる、郭。
何かこちらの言葉はほとんど聞いてくれそうにないのは良くわかった。
『安心してください、私たちは、いつでも、社長の、味方、OK?お金が、無くても、大丈夫」
「……わかったよ、わかった。細かい話は帰ってするよ。ひとまず何が起きてもいいようにしておいて」
なんとか郭の言葉を押しとどめバットがそう言うと、郭はようやく、話を聞いてくれた。彼女はそれに頷くと、
『かしこまりました。お帰りはいつ頃でしょう?』
と何事もなかったように話を切り替える。
一体どの程度伝わっているのかはなはだ疑問だったが。
「なるべく寄り道しないように帰るよ」
とだけ言って通信を切った。
これは説明に苦慮しそうだ。
バットは今の状況を自分でもどう説明していいのか判らなくなっている事に気づき、慌てて電話したことを後悔していた。
船に帰れば、イワンのように昔を知る人物はいるし、何よりアテナとアンジェロというわかりやすい依頼者もいる。
今は、突然連れ去られることにならなくて良かった、という事にしておこう。
バットはそう自分で結論をつけて、外部用の通信機をポケットにしまった。
「無事連絡ついた?」
バットが通信している間に、どこで見つけて来たのか二人分のアイスを買ってきたアテナが声をかけて来た。
笑顔でアイスを渡してくれるアテナに、バットはこうしていれば、普通の女の子なんだがなぁ、と思いつつ素直に礼を言って受け取る。
怪しまれないためのカモフラージュと言えばそうだが、始終行き当たりばったりの彼女を見ていると、多分普通に一緒にアイスが食べたかっただけだろうとしか思えないのである。
アンジェロはさすがに異次元のポケットに隠したようだが、いたらまた小言を言われそうだ、とバットはアイスを一口食べながら考えていた。
「ひとまず細かい話は帰ってからだよ。ここからならロボットタクシー捕まえて宇宙港まで30分くらいだけど、港湾局に車置いてきたからそっちも回収したいんだ」
「確かに、あんまり街をうろうろすると、見つかる確率も上がっちゃうもんね。ここでゆっくりもしていられないか」
アテナはなんだかちょっと残念そうにそう言うとアイスを口にする。
バットとしても悪い気がしないが、トラブルを起こされて、そのたびに魔法をぶっ放されてはたまったものではない。
バットはそれに頷くと、アイスを食べながら、通信機でロボットタクシーを呼び寄せようとした。
「あれ?」
そこでバットは、何か異変が起きている事に気が付いた。
通信機を起動すると、通信機の画面が何かおかしな表示になっている。
それは一切の通信機能が通じなくなっている事を指し示していた。
「バット、あれ見て」
そしてアテナが空を指さす。
それは、空に浮かぶ船から、無数の陸戦型ドローンが投下される光景だった。
『我が惑星タサキは連邦行政府から認められた、独立自由貿易惑星ですぞ!そこに予告もなく陸戦部隊を投入とは、一体どのような法的根拠があってのことか!』
戦艦「ヨーツンヘイム」の艦内で、ノクス提督はタサキ行政府からの抗議の通信を受け取っていた。
それをノクス提督は、眉一つ動かさずじっと聞いている。
抗議の内容は予測の範疇を一歩も出ないものだった。
それにノクスは、用意された返答を予定通り返す。
「この星のドックで改修していた船から軍事機密盗み出し、そちらの星に逃げ込んだものがおります。情報によれば、魔法使いの仕業によるものの可能性が高いとの事」
『魔法使い?』
「ご存じの通り、魔法使いの戦力は陸戦兵力で一個中隊から一個大隊規模と言われております。我々は、相応の戦力にて対応しておるだけの事。これ以上は、軍事機密につきお答えできかねます。通信封鎖も行いますので、ご了承ください」
『横暴だ!連邦議会が黙っていないぞ!』
行政官の言葉はまだ続いているようだったか、ノクスはそれを無視して通信を切った。
それに傍らのコジマ参謀が眉を顰める。
「よろしいのですか?」
「魔術参謀の助けもあり、「ヨーツンヘイム」は改修を終え、起動した。今さら連邦議会が何を言ってももはや手遅れだ。今は「ウィザードマッシャー」の回収を急ぐのだ。あれが他の手に渡れば、それが蟻の一穴となり得る」
そしてノクス提督は、大きく提督席に身を沈め目を閉じて息をゆっくりと吐いた。
それに呼応するように、「ヨーツンヘイム」はゆっくりと方向を変え、船内が小刻みに揺れる。
そして、タサキ上空に進路が変更されていることを確認すると、ノクスはもう一人の参謀に指示を出した。
「行け、マルスよ。敵の魔法使いから忌まわしき「ウィザードスマッシャー」を取り返すのだ」
それに答え、参謀マルスは恭しく礼をして応じた。
「お任せください。我が力を持って、必ずやご期待に応えてご覧に入れましょう」
マルスはそう言うと、不気味な笑みを浮かべた。




