初恋の人?
「……そんな、どうしよう。これじゃ、この星に閉じ込められちゃうじゃないの」
半分水につかってしまった宇宙船を呆然と眺めながら、アテナは頭を抱えた。
どうやら魔法使いといえども、星間航行は単独ではできないらしい。
落胆するアテナの隣で杖がまたチカチカと光を発する。
「うるさいわね!過去の事どうこう言っても始まらないじゃない!問題はこれからどうするかよ!」
何かまた小言を言われたらしい。
アンジェロに向かってムッとした顔で何やら言い返すアテナ。
さらに虚空からノートのようなものを取り出し、今度はぶつぶつと言いながら、なにやら考え事を始めた。
どうやら、行き詰まったらしい。
それにバットは、恐る恐る声をかける。
「……あの、それならうちの船に乗っていかない?ちょうど仕事を探していたし、うちは魔法使いとも縁があるらしいから免疫はあるらしいよ。……報酬もあるとありがたいんだけど」
「本当!?あなた船持ってるの!」
反応は予想以上だった。
よほど困っていたのか、バットの言葉にぱっと笑顔になって振り向くアテナ。
船長ってさっき言わなかったっけ、と思ったが、こんな若い船長も確かに珍しい。
バットは、またアテナに笑顔で手を握られ。
「……まぁ、船長だしね。一応」
とだけ言って苦笑した。
「どんな船なの?」
まるで子犬のように期待する眼差しを向けるアテナ。
まずはお金の交渉できないかな、と思ったが、急に魔法使いに連れ去られ、行方不明にならなくて済むだけましというものだろう。
バットは一応、求めに応じて船の概要を説明することにした。
「「ジュピター13」っていう古い船さ。乗り心地は良くないけど、まぁ貨物のついでに、一人くらいなら載せられる余裕は……」
「「ジュピター13」!ホントに?素敵!」
話の途中で、アテナは船名に大きく反応した。
まるで好きな有名人に声をかけられたように手で口を押え、目を輝かせる。
それはバットにとっては全く予想外の反応だった。
「うちの船、知ってるの?」
「私たちの中では有名よ!私も、小さいころ一度だけ乗ったことあるの。その時に会った船長の息子さんが、私の初恋の人!彼にまた会えるのかしら?あの時の約束、覚えてるかな?これって、もしかして運命なのかも……」
どうやら、ずいぶんいい思い出があったようだ。
うっとりとした顔で、昔を思い出しているアテナにバットは何かいろいろとつながったような気がした。
そして、あれこれ考えた末、実に言いにくそうにバットは、咳払い一つして口を開く。
「あー、……多分その人。目の前にいるんじゃないかな?」
「え?」
バットの話にきょとんとなる。アテナ。
そして、恐る恐るバットに尋ねた。
「……あなた、お名前は?」
「シンドー・バット、一年前まで船長の息子だったよ」
隠しても仕方がないので自分が解っている情報を開示するバット。
すると、アテナの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「やだ!嘘?もう!なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!」
「……まぁ、聞かれてなかったからね」
「もう、余計な事まで話しちゃったじゃない!……あー恥ずかしい!ちょっと、今の話忘れてくれる?」
「君が言うと、洒落にならないよ!」
案の定、手に何やら電撃をまとわせながら言うアテナに、さすがに抗議するバット。
恥ずかしいからと、いちいち記憶を消されたのではたまったものではない。
「なんだか、おかしいとは思ってたんだ。……もしかして君、前に僕の記憶消してない?」
「いや、あの時は私そんな魔法使えなかったはずだから……でも、私の師匠がやった可能性は……まぁ、あるかも」
ひどい話だ。
どうやら幼馴染に再会していたらしいが、素直に喜べないどころか、思い出が全くない自分の状況には困惑せざるを得ない。
こんなことをちょくちょくやっていたらそれは都市伝説にでもなろうというものだ。
魔法使いの仕事は厄介ごとの代名詞、というイワンの言葉をバットは今更ながら思い出していた。
もしかして、これって受けちゃいけない仕事なのかな?
ちゃんとみんなに相談して決めればよかったと、バットは少し後悔した。
あわただしく数隻の船が行き交う衛星軌道上。
巡洋艦「ブラウニー」艦長、ロスは上官の座乗する戦艦を出迎えるために惑星タサキ衛星軌道上で待機していた。
予告通り現れたその戦艦の姿を確認し、彼は艦長席で眉をしかめる。
「戦艦「ヨーツンヘイム」?……たしか議会の指示で動力を抜かれていたはずでは?」
それは戦艦としても破格の巨大さを持つ船だった。
徐々に近づいていくにつれそれはますます実感を帯びていく。
ロスはこの艦の事は良く知っていた。
戦略的にも大きな役割を果たすこの船は、数年前そのあまりの強力さ故、連邦議会から廃艦を言い渡された船で、ここタサカで浮き砲台として活用されている事になっていたはずである。
それが、提督の座乗艦として姿を現すとは。
ロスは、その状況でおおよそのカラクリが読めた気がした。
なるほど、「ウイザードスマッシャー」が盗まれたのはこの船からか。
提督も、裏でなにやらいろいろやっているらしい。
そんな事を考えているとどうやら暗号通信が可能な距離に入ったか、提督より直接通信の要請が入った。
ロスは部下につなぐよう指示すると、襟を正し、回線を開く。
モニターの向こうには、上官オルドレッド・ノクス提督が姿を現した。
ロスはそれに敬礼で出迎える。
「「ブラウニー」艦長ロス中佐であります。この度は貴重なドローン艦を失い。弁明の言葉もございません」
鍛え抜かれた体と、威厳ある顎鬚が印象深いノクス提督は。それに小さく頷いた。
「報告書は見せてもらった。相手が魔法使いともなれば、致し方あるまい。逃走を防げたのでまずは良し、という所だろう。よくやってくれた」
連合艦隊では今や反主流派ではあるが、星間戦争を戦い抜いた歴戦の提督の威厳と風格はそれで消えるものではない。
ノクス提督は、損害については意に介した様子もなく部下をねぎらった。
そして、手元のコンソールを操作して、彼にドローン艦の増援を配備する旨の書類を転送する。
そのあまりの気前の良さに、ロスは内心ほっとしながらも、自分に厄介な仕事が舞い込んで来たらしいとも思った。
どうやら本番はこれからのようだ。




