魔術士 アテナ
崩れ落ちた壁の煙の中から、少女はさながらファッションショーでランウェイを歩くかのように笑顔でさっそうと現れた。
スタイルもそうだが、纏った神秘的なローブと身のこなし、そして自信に満ちた笑顔が健康的ではつらつとした印象を受ける。
彼女は、そのままバットに歩み寄り、そして笑顔で手を差し出した。
「私は魔術士アテナ。貴方が船長さんね」
「はい、そうだけど……」
「良かった!」
同世代の美人に手を握られ、思わず頬を赤らめるバット。
そんな彼をよそにアテナはタイロンに目をやる。
「……この方は?」
「俺は関係ない!」
アテナの問いに、即座に関与を否定するタイロン。
さすがにそこまで言わなくてもいいだろうと思ったが、アテナはそんなタイロンにも笑顔で歩み寄った。
「ああ、そう。ごめんなさい。つまり、あなたは部外者なのね?」
「そう、俺は関係ない!」
「じゃあ、仕方ないわね」
何が仕方ないの?
と、バットが声を発する前に、アテナはタイロンの頭を手で押さえていた。
次の瞬間、バチっと電撃が流れるような音がしたと思うと、タイロンの巨体が電撃でも食らったかのように痙攣し、そのままばったりと倒れる。
バットはそれに言葉を失った。
「大丈夫。記憶を消しただけよ。しばらくしたら目を覚ますわ」
こともなげに言うアテナに首を横に振るバット。
タイロンは倒れてもなお痙攣している。
どう見ても、何が大丈夫なのかわかったものではない。
だが、彼女はそれに気づいていないのかご機嫌でまたバットに歩み寄る。
そしてまたバットの手を引いて、にこやかに砕けた壁を指さした。
「さぁ、急がないと、また他の追手が来るわ。急いであなたの船でシュクへ来ましょう!タイロン船長!」
「……いや、タイロン船長はこの人」
「え?」
床で痙攣するタイロンを指さすバットに、目が点になるアテナ。
彼女はバットとタイロンの顔を交互に眺めまわす。
「あなた、船長よね?」
「船長だけど、タイロンさんはこっち」
ああ、とアテナはうなづきしばしこの状況を一人で分析しているようだった。
そして、なにか納得したのか、うん、と頷いて、急にバットに手をかざしたので、バットは反射的に後ろに飛びのいていた。
「ちょっと!なんで逃げるのよ!」
「今僕の記憶消そうとしたろ!」
案の定、彼女の手からなにか雷のようなスパークがチリチリと閃いている。
油断も隙もあったものではない。
「仕方ないでしょ。私たち魔法使いの仕事は裏方なんだから。目立つわけにはいかないの!部外者には余計な事は忘れてもらうのが一番いいの!」
彼女がそう言ったその時、うしろで黒服の男の一人が起き上がり、ブラスターを撃った。
話の邪魔をされたアテナはそれを蠅を追い払うように手ではじき返す。
跳ね返った熱線はそのまま撃った男の腕に当たり、男は呻き声を上げてその場でのたうち回った。
「……全然説得力ない。」
これで目立ってないつもりならどうかしている。
そもそも、この状況で記憶が無い状態で放置された方が後々厄介な事になるのは想像に難くない。
しかも、相手はこちらでは抵抗しようもない力を持った魔法使いだ。
見た目はともかく、これでは獰猛な野獣と対峙しているに等しい。
バットは、男のうめき声と、流石に周りから人が集まって来るのを見て戦慄した。
だがアテナは、バットの影を踏むと、笑顔でこちらに寄って来る。
何かの術をかけられたのか、今度は足が動かない。
そして彼女はにこやかな顔で、両手をかざした。
「大丈夫よ。痛いのも忘れちゃうから」
「痛い事するんじゃないか!」
そして、電撃をまとう彼女の手のひらが、まさにバットの頭に触れようとしたその瞬間、それは起った。
バットの腰の銃が、ホルスターごと起き上がり、銃口をアテナに向ける。
そしてそれは、アテナに向けて輝く光弾を放った。
「!」
先程とは違い、まるで誰かに突き飛ばされたように後ろに吹き飛ばされるアテナ。
そして金縛りの解けたバットは、突如「暴発」した銃を慌てて、抑えつけた。
銃は、最初不思議な力で銃口をアテナに向けていたが。バットが押さえつけると、何事もなかったように重力に任せて銃口を下に向ける。
それはまるで、ほんの一瞬、この銃がバットの気持ちに反応したようだった。
「大丈夫?」
流石に心配になってアテナに声をかけたが、彼女は無傷で起き上がっていた。
どうやら、突き飛ばす程度のエネルギーしか放出されなかったようだが、それよりも彼女は、自分がなぜ突き飛ばされたかが理解できなかったようだった。
彼女は慎重にバットを眺めまわし、そして腰の銃に目を止める。
「あなたこの銃……。ウソでしょ?トランクの封印を解いたの?」
「解らないよ、腰からベルトが外せないんだ」
そう言われて、アテナはさらに慎重にベルトに触れようとした。
すると、まるで磁石で引かれるように、アテナに銃口が向いていく。
そして彼女が手を離すと、下を向く。
何度か無言で手を近づけたり、離したりを繰り返したアテナは、今度はバットをまじまじと見つめた。
「……あなた、もしかして……」
彼女がそこまで言ったところで、遠くから警察のサイレンの音が聞こえてきた。
それにアテナは、はっとなってバットの手を握る。
「ちょっと、あなた一緒に来て!」
「え?なんで?」
「説明は後!ここに居たら騒ぎが大きくなるわ」
自分でやっておいて何を、と思うバットを横目に、アテナは目の前の空間を小さく切り裂いた。
その何かよくわからない空間の中から、彼女は素早く不思議な形をした杖を取りだす。
「どこに行くのさ!」
その間にも、騒ぎを聞きつけた人が群がってきて、遠巻きにこちらを見ており、逃げるどころではない。
バットは、自分たちが注目の的になっている状況にうろたえ、隣の魔法使いに問うた。
だが彼女は、慌てず。背後の壁を杖で指す。
「外に決まっているでしょ!」
彼女がそう言うと、杖から閃光がほとばしった。
次の瞬間、背後の壁が轟音を立てて砕け散り、辺りに瓦礫や埃が舞い上がる。
それに逃げまどう周囲の人々。
辺り一帯は、瓦礫と煙と悲鳴包まれ、騒然となった。
「私、道は自分で切り開くタイプなの」
そう言いながらウインクするアテナに、バットは文字通り開いた口がふさがらなかった。
「じゃぁ、彼の事お願いね。私は自分で飛んで行くから」
そんなバットを横目に、彼女は何やら杖に話しかけている。
すると、杖は急にロープのように形を変え、くるくるとバットに巻き付いてきた。
「え?え?」
むしろ縛られた、といった方が正確な状況に、成すがままのバット。
状況の説明を求める前に、バットはふわりと宙に持ち上げられていた。
「急ぐわよ!あの船の近くまで!」
そして、破壊した壁から翼でも生えているように飛んで行くアテナ。
それにバットは猛烈に嫌な予感がしてもがいたが、もはやなすすべがなかった。
周囲に力場が発生し、周辺の埃がバットの足元に勢い良く舞い上がり始める。
「……おい、まさか。ちょっと、ちょっと待って!」
バットの抗議もむなしく、バットは不思議な力でアテナの跡を追いかけ、空高く打ち出された。
それは、バットが今まで体験した中で、最もスリリングなアトラクションだった。




