リーダーの役目
「ジュピター13」の周囲に武装した海賊たちと、攻撃型ドローンが飛び交う。
それをブリッジで横目に眺めながらイワンは海賊側から来た通信に応答していた。
『お前らの船長は人質に取った!おとなしく船を降りねぇと、船長の命はどうなっても知らんぞ!』
その通信内容に顔を見合わせる三人。
そしてイワンが、けだるそうにそれに答えた。
「あーわかった、わかった。こっちでどうするか検討するから、少し待ってくれんか。なんせ船長がおらんと、意見がまとまらんのでな」
『早くしろ!どうなっても知らんぞ!』
「おお、ちょっと待っとってくれ」
そう言うと通信を切るイワン。郭はそれに手元のパソコンを凝視したまま腕を組んだ。
「……予想通り、船長が離れたとたん。本性を現しましたわね。船長、もう人質になったのかしら?」
「まぁ、ブラフじゃろう。術士殿がおるから、滅多なことはない。こっちはのらりくらりで時間稼ぎしておけばいいが、あとはどの辺でしびれを切らすかじゃな」
「焦って実力行使に出るまで2、3時間というところかしら?術士様が暴れたらもう少し早くなるかも」
「船体に傷でもつけられたら厄介なことになるな。……エイト、出迎えの準備をしてくれんか」
腕時計を確認しながら、お使いでも頼むかのような口調でイワンが言うと。操舵席のエイトが頷いた。
「わかった」
彼は短くそう言うとぬっと立ち上がる。
郭はそれに、やはりパソコンの画面を凝視したまま、声をかけた。
「後々厄介だから、人は殺さないでね。それにケガ人を増やした方が、向こうも人手が取られるわ」
「わかった。殺さない」
郭の言葉に頷くと、エイトはのしのしとブリッジを出て行った。
食料の代わりに船を置いていけ。
それはバットにとっては受け継いだ会社の資産と信用すべてを置いていくことと同義であった。
到底受け入れられないその提案に、バットは首を小さく振る。
「そんな無茶な……」
「無茶でもなんでも飯が無きゃ飢え死にするだろう。お前らには選択肢はない。定期便が飛んでくるところの近くで解放してやるよ。殺されないだけありがたいと思いな」
「今請け負っている仕事はどうなるんだ?」
「そんなこと俺は知らん。そこの術士様と話し合えばいい」
「無事に解放される保証は?」
「そこは信じてもらうしかないな。ただ、あの船はいい金になる。それは間違いないぜ。エーテル機関搭載型の船なんか、めったにお目にかかれるもんじゃない」
銃口を突き付けられた上でのあまりにもこちらに不利な条件。
こいつはどう考えても、交渉じゃない、脅しだ。
どうやら、意図的に船から引きはがしたようである。
バットは勝ち誇るイブラヒムを睨みつけた。
そして、その隣で、アテナがすっと手を上げる。
「一つ、聞いていい?」
「なんだ?」
「私たちが、乗ってきた船でここを出られる方法はない?」
「無いな。のこのこここに入って来たお前らがマヌケなんだ。選択肢は、ここに全部置いていくか、ここで撃たれるか、だ」
「交渉決裂ってことで、ここを立ち去ることもできないわけ?」
「無理だ。選択肢はない。船は俺の部下が今制圧にかかっている」
「何だって!」
イブラヒムの言葉にいきり立つバットに、イブラヒムも銃口を突き付ける。
バットはそれに、自分がここに来てしまった甘さをいよいよ後悔していた。
「おっと、術士様も坊やも妙なこと考えるんじゃねぇぜ?ここで抵抗するなら、どっちかの頭が吹っ飛ぶことになる」
三方から銃を突き付けられ、勝ち誇るイブラヒム。
だがアテナはそれに、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「やってみなよ」
挑発的な彼女の言葉は、イブラヒムを激昂させるに十分だった。
彼は迷わず、ブラスター銃の引き金を引こうとする。
が、
「……!指が?」
指が動かない。
銃が壊れたのか?
戸惑うイブラヒム、一瞬の事だったが、それはアテナの「術」であることは間違いなかった。
そして、ホルスターから銃が飛び出す。
バットは、それを迷わず受け取ると、銃口をイブラヒムに向けた。
強烈な衝撃波に弾き飛ばされ、イブラヒムは机の後ろに吹き飛んだ。
そして、同じく引き金が引けなくなっていた後ろの二人が、突然動き出した杖に手元を抑えられ、振り返ったアテナの電撃で崩れ落ちる。
もしかすると、アテナを若い魔術士と侮っていたのかもしれない。
それはほんの一瞬の出来事だった。
緊張が解け、銃を持ったままほっと肩を下ろすバット。
多分派手に吹っ飛んだという事は、イブラヒムは気絶しただけだろう。
自分の甘さで銃が威力を出さなかったようだが、とどめを刺す気にもならない。
ある意味便利な機能とも言えた。
バットは、イブラヒムの様子を確認すると、ことさら笑顔でアテナに振り返った。
まだ手が震えているのが、情けなかった。
「ありがとう。君に来てもらってよかったよ」
「どういたしまして。貴方も、良くこらえたわ。心が乱れたら、この銃だってどうなっていたか」
アテナに褒められて、バットは今更ながらこの銃の扱いの難しさに気づいた。
先ほどはなんとか丸く収めようと必死だったから気づかなかったが、恐らく彼に敵意を向ければ、銃は暴発していただろう。
バットは、改めて大きく息を吐きソファーにへたり込んだ。
「本当に情けないよ。せめて僕が何かしなきゃと頑張った結果がこれだ。みんなが警告していた通りになっちゃった。交渉するどころか、みんなに迷惑までかけちゃってる」
バットは、自分なら交渉次第で何とかできると思っていた自分を恥じた。
結局、この船をこの港に寄港する決断自体が間違いだったのだ。
これは船長として、社長として大きなミスだった。
結局、アテナの手を借りることになってしまった。
彼女が居なければ今頃どうなっていたか分かりはしない。
だが、そんなバットにアテナは、指を立ててそれを横に振った。
「失敗に気づいているなら、今度は直せばいいわ。それだけの事よ。それに気づくような人だからみんな支えてくれるんじゃない?」
「アテナ……」
まるで弟に説教するようなアテナ。
だが、バットはそれに腹は立たなかった。
「リーダーの仕事は、みんなをうまく使う事よ。腕っぷしが強かったり、頭が良かったりすることじゃないわ。今回は、それがうまくいかなかった。次はやる、それだけよ。間違ったことばっかり悔いて座り込んでいたら、私との約束、守れないわよ?」
アテナの言葉に、バットは微笑んで頷いた。
無鉄砲な彼女の前向きな考えが、こういう時はありがたい。
そして、弱気な自分を見せたことが、気恥ずかしかった。
「いこう。急がないと「ジュピター13」のみんなが危ない」
バットはそう言うと、アテナと共に部屋を出て、港に急いだ。
そして、走りながら、ふと、ある思いが頭をよぎる。
なんかアテナと約束したっけ?
それはバットの心の中にひっかかった、ほんの小さな疑問だった。




