包囲網を突破せよ
地上を発進してから、およそ8分後、「ジュピター13」は衛星軌道上にたどり着いていた。
通常の宇宙船が一時間ほどかけて上昇、加速するところを8分。
大昔のロケット並みの速度で加速する船の乗り心地は、気を失いそうになるほどのものだった。
「死ぬかと思った……」
バットは、ようやく終わった強烈なGから解放され、やっとまともにできるようになった呼吸を必死に行う。
宇宙船乗りになる前にある程度訓練したことはあったが、さすがにいきなりはつらい。
そして、いくらバリアで空気抵抗を軽減していたとはいえ、この船もこんな豪快な飛び方をしてよく壊れないものである。
バットは、この惑星の第一宇宙速度に到達するまでの8分間、二重の恐怖に襲われ続けていた。
「なんとか、敵の意表をついてここまで上がってこれましたわね」
隣で相変わらずのすました顔で言う郭に、バットはそりゃそうだろう、と思った。
地上への被害や、船体の崩壊の危険性を考えない「最短」での大気圏離脱。
おそらく、こちらを待ち構えていた奴らは、今頃慌てているに違いない。
ひとまずは、生きてて良かった。
呼吸を整え、ほっと一息付いたバットだったが、それは、レーダーを見ていたアテナの声によって、かき消されてしまった。
「惑星の影から船影!警告射撃来るわよ!」
それは、レーダーの情報と、アテナの「予知」が混ざった報告だった。
数秒の間をおいて、警告と思われるビーム光が、船体を二本かすめる。
それは惑星の地平線の向こうから、こちらに駆け付けて来たと思われる船の姿だった。
「熱紋照合!「つきなみ」級ドローン艦2!射撃用レーダー照射されたわ」
「敵の指揮官もやるわね。ずいぶん反応が早いわ」
アテナの報告に舌打ちする、郭。
そして続けざまに、バットの席に、向こうが光信号を打ってきていることを示したサインが現れた。
「光信号?「停船セヨ、シカラザレバ攻撃ス」……郭さん!」
すがりつくようなバットに郭はやれやれと言った顔で指示を下す。
「……仕方ありませんわ。機関停止!慣性航行。舵そのまま」
やはりそれしかないのか。
皆が郭に従い、復唱しながら加速を止める姿を見て、バットは肩を落とした。
頑張ってはみたが、所詮は輸送船、やはり軍艦相手には限界がある。
ここはアテナだけでもどうにかならないか、と考え始めたバット。
だが、郭の次の言葉にバットは耳を疑った。
「火器管制起動!レールガン砲門開け!」
「了解、火器管制システム起動。砲戦用意!」
「ちょ、ちょっと郭さん!」
イワンが封印されていたコンソールが起動させ、見たこともないシステムが動いている。
その状況にバットは思わず郭に声をかけた。
「レールガンって何?」
「磁力で砲弾を打ち出す武器ですわ。自衛用のが、船体上部にございますでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、その武器で何するの!?」
何やらとぼけた返答を返す郭を問い詰める、だが郭はそれに、今までで一番の笑みで答えた。
「もちろん、ドローン艦のAIがこちらを降伏したと勝手に「誤認」したところに撃ち込みますの。この距離からならレーダーを使わずカメラ望遠映像からの測距で十分当てられますわ。こんな卑怯な手、使いたくないんですけど、仕方ありませんわよね」
本当に楽しそうに、悪魔のような笑みを浮かべる郭に、バットは言葉を失った。
そうこうしているうちにドローン艦はどんどん近づいていく。
そして、慌てる船長を横目に郭の指示が飛んだ。
「目標、甲,乙、続けて砲撃。砲撃後、両舷前進一杯」
「諸元入力よし!目標補足!」
「打ち方!はじめ!」
そして、口をぽかんと開けるバットの目の前で砲弾が発射された。
至近距離から砲撃を食らい、ドローン艦の装甲に穴が開く。
続いて、砲弾の帯電した電流がドローン艦を襲い、ドローン艦は一瞬でその機能を停止した。
続いて二隻目への攻撃が始まる。
……はずが、「ジュピター13」のレールガンは動かない。
それに、火器を担当していた、イワンが舌打ちしてコンソールを叩いた。
「ダメじゃ。レールガンのコンデンサーが電圧に負けて吹っ飛んでしまいよった。」
「やっぱりたまには整備しないと駄目ですわねぇ」
イワンの報告に、しみじみ答える郭。
その状況にバットの顔面はいよいよ蒼白になった。
反対側に居たもう一隻のドローン艦が、一瞬混乱したのち、攻撃態勢に入っていた。
ドローン艦のあらゆる武器が展開し、攻撃の為、距離を離そうとする。
郭はそれに、すかさず指示を出した。
「両絃前進一杯!後方貨物ハッチ開放!」
待ってましたとばかりに、エイトが「ジュピター13」を全力で加速させる。
バットは再びすさまじいGのため、椅子に抑えつけられた。
そして、背後のドローン艦から、駆けつけた他の軍艦からの、ビームや砲弾が「ジュピター13」に殺到した。
数発の砲弾が船体をかすめ、ビームがバリアではじけ飛ぶ。
船内はそのたびに衝撃に見舞われ、バットは何度も心臓が止まるような思いを味わった。
そして、その衝撃と加速で、貨物室の中身が後方にばらまかれる。
それはエイトたちがあらかじめ中にかき集めたゴミや鉄くずの山だった。
それはレーダーをかく乱し、砲撃の盾となる。
そして、追っ手の軍艦がそれらを焼き払った時には、「ジュピター13」ははるか宇宙の彼方へと飛び去っていた。
「何なんだ!あの船は!」
信じられない加速で有効射程外に飛び去って行く「ジュピター13」を見送りながら、ロス艦長は艦長席のひじ掛けを腹立ちまぎれに殴りつけていた。
ありえない軌道で包囲の穴を突き、ドローン艦を一隻大破。そしてこちらが包囲する前に、軍艦を振り切って逃走。
とても普通の輸送船にできる芸当ではない。
副長のスコット大尉も、戦闘データを二度見して確認し、信じられないといった面持ちで声を上げる。
「……どうも、本艦のビームをはじき返していたようですが……」
バリア出力はエンジンの出力そのものと言って良い。
あの船は巡洋艦クラスの出力のエンジンでも積んでいるというのか?
まったく、操艦している奴もそうだが、とんだ船が居たものである。
一体提督に何と報告したものか。
そんな事を考えていたロスは、さらに戦闘データを解析しながら、スコット大尉がなんともいえぬ顔で首を傾げている事に気が付いた。
「どうかしたか?」
「……はぁ。先頭のドローン艦から送られたデータから不審船の熱紋照合の結果が出たのですが……「ジュピター」級強襲揚陸艦……?解析結果に間違いが無ければ、五百年以上前の船という事になりますが……?」
何かの間違いなのか?と、再度検索しようとするスコット大尉。
だが、ロスはそれに、心当たりがあった。
彼はそれに大きく息を吐き、艦長席に身を沈める。
「間違いない。「ジュピター・サーティーン」だ……」
「ご存じなのですか?」
「あらゆる時代を生き残って来たと言われる伝説の船だ。エーテル機関搭載型の宇宙最古の船、と言われている」
「今時魔法で航行する船ですか?」
「そう、癖がつきやすく、量産に不向きなため時代遅れになった厄介な機関だが、使い込むとあらゆる人の意志を吸い、力を増すと言われている。五百年間生き残る事だけを任務にし続けたあの船にどんな「癖」がついているか……どうやら我々は、その片鱗を見たようだな」
そう言うと、いまだ信じられないといったスコット大尉をよそ目にロスは思案にふけった。
さて、次は何が出てくるか?
おそらく、自分に休暇はあるまい。
ロスはそんな事を考え、小さくため息を付いた。
戦艦「ヨーツンハイム」の艦橋でノクス提督は自動で動く艦橋のモニターを眺め、ただ黙って座っている。
報告の為、ケガの治療もそこそこに艦橋にやって来たマルスは、ノクス提督の背後から恭しく礼をした。
「申し訳ございません。賊を取り逃がしました。「ウィザードスマッシャー」の封印が解かれました。どうやら新しい「所有者」を見つけた様子……」
マルスがそう言うと、ノクス提督は、怒りとも慟哭ともとれる声と共に息を吐いた。
それに連動するように、「ヨーツンハイム」が大きく揺れる。
マルスは、それにさらに深々と頭を下げた。
「……賽は投げられた。事が連邦議会に及べば、各星系の艦隊も動き出す。かねての手はず通り、予は迎撃の準備に入る。……マルス、お主はロス戦隊を率いて、かの船を追え。私も、私も準備が整い次第そちらに向かおう。もし、本当にあの銃の新しい主が生まれたのなら、その者を「依り代」として迎えるのだ。さすれば、銃は自ずと我が手元に来よう。あの時ように、な」
「畏まりました、ノクス閣下……いや、オーディン皇帝陛下」
マルスはそう言って、また頭を下げ、そして艦橋を後にした。
ノクス提督の腕に、軍人には不似合いな腕輪が黒く、光っていた。
どうにか惑星タサカを脱出した「ジュピター13」
だが、逃げた先は目的地とは逆方向、補給も不足と前途多難で、後ろからは追っ手が迫りくる!
逃亡者となって宇宙を旅する一行は果たしてこの困難を乗り越えられるのか?
次章 銀河一夜物語
「優秀な社員」
更新は10月1日予定!
お楽しみにー!




