出航「ジュピター13」
いよいよ周りが暗くなり始めた頃、二人はどうにか「ジュピター13」にたどり着いていた。
船の前には、イワンが灯りを持って待っていた。
「おお、無事じゃったか。向こうで騒ぎが起きとったから。ぼちぼちじゃと思っておっったわ」
そう言う、イワンに同じくバットは文字通り我が家に帰って来た気持ちで、大きく息を吐いた。
そして同時に、後ろのアテナの事についてどう話そうかと、口ごもる。
「ええっと、実はこの彼女の事で話さないといけないことがあって……」
だが、そんなバットにイワンは髭を撫でながら、頼もしく笑って見せた。
「大丈夫じゃ。郭から話を聞いて、おおよその事は予想がつくわい。まずは出航じゃな?エンジンにも火を入れて準備はできとる」
そう言うと、彼は二人をエレベーターへ急がせた。
そして乗ると、乗降スイッチを押し、あたらめて二人に笑顔を向ける。
「そちらのお嬢さんが、魔術士様じゃな?」
「はい。術士アテナです。覚えておいでかしら?」
「ああ、覚えとるよ。……そうか、あのおチビちゃんがアテナを襲名なさったのか」
そう言ったところでエレベーターの扉が開いた。
バットは、廊下を進みながら二人の会話に首を傾げる。
「襲名?」
「魔法使いはな、その力の源の魔導石とともに名を引き継ぐんじゃ。先代のアテナにはワシらもずいぶん世話になったんじゃよ。……そちらは、お元気かな?」
「はい、師は今は導師ヘラを襲名し、協会の指導に当たっています」
なるほど、どうやらイワンは自分よりはるかに事情が分かるらしい。
バットは、どうやら事情を一番よくわかっていないことを自覚し、すこし安心したような気持ちになって、ブリッジの扉を開けた、
ブリッジには、郭とエイトが万全の態勢で待っていた。
良く見ると、この一年使われずに封印されていたコンソールまでも、テープがはがされ起動している。いつでも出航できる体制になっていることが、良くわかる状況だった。
「社長、よくぞご無事で、心配しましたわ」
そう言う郭に後ろで頷くエイト。
待ちくたびれたと言わんばかりの状況に、バットは驚きを禁じ得なかった。
「魔法使いの仕事を受けたという事で、慌てて支度しましたの。急ぎ出航という事で間違いございませんわね?」
「ああ……。良くここまで予測できたね」
「社長の連絡と、宇宙艦隊の不可思議な動き。加えて魔法使いの仕事となれば、おおよそは予測できますわ……ただ、業務用の回線での連絡は今後お控えくださいね?盗聴されやすいんですのよ?特に無線は」
「……そう言う事だったのか」
通りで、話をはぐらかそうとしたわけだ。
どうやら魔法使いの仕事と聞いた段階で、あらゆる事を想定して動いていたらしい。
バットは、今更ながら自分の会社の経理担当の優秀さに舌を巻いた。
「まったく、先代はこういう仕事には手を出すな、と言うておったのに因果なもんじゃわい。こいつはこの船の因果ってやつかの」
「一年の休暇だったと思えば、まぁいいんじゃありません?私はこの方が好きですけど」
「俺も」
イワン、郭、エイトがなにやら話しているのを聞いて、バットはいろんなことを説明せずに済んでほっとした半面、どうやら結構最近まで魔法使いと関わっていたことを今更のように知り唖然となった。
多分父の言いつけを守っていたのだろうが、なんとも化かされていたような気分だ。
「さぁ、細かい話は後じゃ。急がんと、ここも陸戦隊に囲まれる」
イワンはそんなバットの背中を叩くとにこやかにバットを船長席に座るように促した。
「術士様はちょうど索敵手の席が空いとるからそこに座ってくれ」
「解ったわ、任せて」
イワンの指示にレーダーの前に座るアテナ。テキパキ危機を動かす姿に、バットは感心して船長席から覗き込んだ。
「レーダ触れるの?」
「魔法使いって結構いろいろ訓練受けてるの。まぁ見てて」
確かに、あの勘の鋭さなら索敵もお手の物だろう。
バットは、今までの彼女の活躍を思い出し、イワンの人員配置が適切だったことを確認した。
そんなバットの表情に気づいたか、イワンはバットに助言を加えた。
「まぁ、若旦那も、こういう状況には慣れておらんじゃろう。段取りは郭がやっておるから、任せておけばいい」
なるほど、確かに自分はここでは素人のようだ。
バットは船乗りの師でもある老人の助言に素直に従うことにした。
彼は頷くと、航法士の席に座る郭に向き直る。
「郭さん、お願いしてもいいかな?」
郭はそれに、見たこともない笑顔で頷く。
「お任せを」
そう言うと彼女は、これからの航路を画面に打ち出して見せた。
「この陸戦隊の投入規模からして、衛星軌道上に少なくとも一個戦隊から一個艦隊クラスの艦艇が、通常の打ち上げ軌道上を封鎖する形で我々の行く手を阻んでいると思われます。本船はこの裏をかき、最速、最短の軌道でこの星からの脱出を図ります」
通常、宇宙船はゆっくり風船のように上昇しながら大気圏を離脱するものだが、今回はそうではないらしい。
映し出された軌道が、一体どんな飛び方をするもののなのか全く想像がつかなかったが、バットはすべてを一任すると郭に頷いて許可を出す。
郭はそれに笑顔で頷き、そして船長に代わり指示を出した。
「出航!係留ロック解除!」
「了解、係留ロック解除!」
そして、エイトが計器を起動させる。
イワンは、それに合わせ、機関士のコンソールのレバーを操作した。
それに合わせ、船内に響くエンジン音が大きく変わる。
「魔道エンジン、出力120%。動力、エーテル推進機に接続」
「浮上微速!」
「浮上微速!」
郭の指示に従い、エイトがピッチを上げる。
すると船体が少し揺れ、窓から見る風景、そして計器が徐々に浮かんでいくのを指し示す。
周囲には状況をようやく認識したか、ドローンが集まって来た。
雑音だらけの無線に管制塔からの怒鳴り声が聞こえる。
だが、郭はそれに、何やら感傷めいた表情すら浮かべそれを聞き流していた。
「……ホント、自由貿易都市として活気のあるいい星でしたわね」
「当分、ここの敷居は跨げんじゃろうな」
機関士の席で同じようにぼやくイワン。
バットは二人の会話に、どうやらこの発信が無許可で不正規な物であることをようやく自覚し始めていた。
だが、バットがそれについて深く考える間もなく、郭の次の指示が飛ぶ。
それはバットの予想外のものだった。
「アップトリム90!メインエンジン点火15秒前。カウントダウン開始」
「了解。アップトリム90」
「推進機、エーテル圧縮開始。メインスラスター点火15秒前。14、13、12……」
「え?90って?」
バットが聞き返す間も皆の復唱が響き、カウントダウンは続く、そして「ジュピター13」は徐々に艦首をあげていく。
「バリア、音速飛行形状、前方展開!総員衝撃に備え」
そして、続いて郭の指示が飛ぶ。
バットがそれに慌ててシートベルトを締めた時には、船体は完全に垂直方向に立った状態だった。
「郭さん、これって……」
「喋ると舌を噛みますわよ」
説明を求めた船長を、郭は端的な警告で黙らせた。
エネルギーをため込むような音と共に、船体が震えだす。
イワンがカウントダウンと共に計器を確認し、そしてレバーに手をかけた。
「……3,2,1,点火!」
イワンがレバーを引くと同時に、「ジュピター13」はメインスラスターを点火し、強烈なエネルギーを地上にぶちまけた。
集まったドローンたちが吹き飛び、周囲に豪快な煙が巻き起こる。
そして「ジュピター13」はバリアで大気を切り裂きながら垂直に打ち上げられた。
速度を上げながらあっという間に視界の向こうに消えたその船は、さながら大昔のロケットのようであった。




