第六話
えー、「喧嘩は江戸の華」と申します。
威勢のいい職人が、ちょいと肩でもぶつかれば、
「てめぇ、この野郎!」
なんて始まる。
見物人は
「おうおう、華が咲いたぞ」
なんて喜んでおりました。
もっとも、年を取りますと、喧嘩なんぞする元気もございません。
江戸にはもう一つ花がありましてね。
ただし、こちらの花は見物人がおりません。
若いころには縁がない。
五十を過ぎたあたりから、みんな順番に眺める花。
これを…
「前立腺に咲く花」
なんて申しまして。
もっとも咲いてうれしい花じゃございません。
夜中に三度も四度も起こされる。
寝たと思ったらまた起きる。
家内にゃ
「あんた、またかい?」
と言われる。
本人は
「いや、行きたいんじゃない。呼ばれるんだ。」
と股間をポンと叩く。
年寄り同士が集まると、
昔は
「どこの芸者がきれいだ。」
なんて話をしたもんですが、
今じゃ
「何回起きた?」
「三回。」
「若いな。」
「俺は五回。」
「おめでとう。」
何がめでたいのかわかりゃしない。
そんな花に悩まされた男の話でございます。
「てぇへんだ、てぇへんだぁ~」
長屋のご隠居のところへ、熊さんが青い顔をして飛び込んできた。
「ご隠居、大変なんでございます。」
「どうした熊さん。借金取りか。」
「そんなもんじゃありません。」
「女房に逃げられたか。」
「まだおります。」
「じゃあ何だ。」
「小便が近い。」
「……それだけかい。」
「それだけじゃありませんよ。夜中だけでなく昼でも近い。」
「夜だけじゃないのか。」
「夜も昼もです。」
ご隠居、うなずいて、
「ふむ……花が咲いたな。」
「えっ、どこにです。」
「お前さんの前立腺だ。」
熊さん、慌てて股を押さえる。
「咲いてるなら散らしてください。」
「桜じゃないんだからそう簡単には散りゃせんよ。」
「お医者のところへ行きましたら、
『年相応です』なんて言われまして。」
「医者は便利なことを言う。」
「薬ももらいました。」
「効いたか。」
「ええ、財布には。」
「体には?」
「まだ効きません。」
そこへ八百屋の八っつぁんがやってくる。
「何だ熊、浮かない顔だな。」
「花が咲いた。」
「春だなぁ。」
「場所が悪い。」
「どういうこったい」
実はかくかくしかじか。
事情を聞いた八っつぁん、がっはっはと高笑い。
「俺ぁ昔から勢いがいいからな。
そんなもんにゃあ縁がねえ。隅田川の桜にまで届くってもんよ」
威張って帰る。
ところが翌朝。
ドンドンドン
戸を叩く音がする。
「ご隠居!大変だ!」
「今度は誰だ。」
「八百屋の八です。」
入ってきた八っつぁん、
充血した目の下に隈までできていた。
「熊の野郎、うつしやがった。」
「風邪じゃあるまいし。」
「昨夜、六回。」
熊さん、
「新入りにしちゃなかなかやるな。」
八っつぁん、
「先輩づらすんじゃねぇ」
それからというもの、
二人は夜中に何度も井戸端で顔を合わせる。
「おう。」
「おう。」
「起きたか。」
「起きた。」
「ついでに一服するか。」
「してる間にまた行きたくなる。」
「じゃあ一服はやめよう。」
「いや、せっかくだから。」
長屋の連中が不思議がる。
「夜中になると熊さんと八っつぁん、
仲良く会ってるそうだ。」
「密会か。」
「違う。」
「泥棒か。」
「違う。」
ご隠居が笑って言う。
「年を取ると妙なことで仲良くなるもんだ。」
とある丑三つ時。
若い衆が夜中に目を覚ますと、長屋の戸が次々に開く。
一人、二人、三人……
提灯をぶら下げた年寄りが、みんな便所へ向かって歩いていく。
「親分、ありゃ何です?火事でもあったんですかい?」
「いや違う、ありゃ花見だ」
「川で夜桜ですかい」
「いや、川じゃねぇ。ありゃ厠に咲く花だ」
おあとがよろしいようで




