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第7話 誰かのためでなく

 翌日、りょうは朝イチで玲奈れな美月みつきの元を訪れた。

 深々と頭を下げて言う。


「ごめんなさい、もう言い訳はしません。これからは、自分でやれることは自分でやります。どうしても必要な時だけ、手伝ってください」


 玲奈はニヤッと笑い、美月は視線をそらしながらも小さく(うなず)いた。


 それからだった。


 凌は1人で坂道に向かう。

 いつもの地獄坂。

 以前は七本目で倒れた場所を、今では無言で十本駆け上がる。

 汗が噴き出しても、足が震えても、止まらなかった。


 放課後は鉄棒のある公園に向かい、懸垂を繰り返す。

 最初は1回もできなかったが、今は5回、6回と数を伸ばしていた。


 腹筋、腕立て、スクワット。

 音楽も聴かず弱音も吐かず、黙々と体を動かす。

 ひたすら筋トレを繰り返す日々、額にしたたる汗がむしろ気持ちよかった。

 その姿を見ていた小学生に「お兄ちゃん、筋肉すごーい!」と声をかけられて、少しだけ照れた。



 とはいえ、トークだけは1人ではどうにもならない。

 ある日、勇気を出して、美月に声をかけた。


「たまにでいいので、トークの練習、付き合ってもらえませんか?」


 美月は少し考えてから「気が向いたらね」と言って去った。


 その数日後、美月は何事もなかったかのようにノートを広げて「今日は『休みの日』をテーマにするわよ」と言ってくれた。


 ただ、どうしても美月に確かめておきたい事があった。


「あの、美月さんにいて良いのかどうか……」

「何?」

「マックシェイクの事なんですけど」

「ああ、あの事?」


 美月は苦笑いしながら答える。


「小学生の頃、塾が終わった玲奈と私をいつも伯父さんが迎えに来てくれてたんだ。その帰りにマックシェイクを買ってくれるのが楽しみだったの」

「そうだったんですか!」

「でも『何で太宰だざい?』って思っているのよね」


 図星だった。


「伯父さんは多分『人間失格』から引用したんじゃないかな」

「本当ですか!」

「ひょっとしたら『お前は人間失格だ!』という意味も入っていたのかもね」

「ひゃあ、反論できねえ……」

「あはは!」


 ようやく美月が笑ってくれた。


「じゃあ、今日のテーマを『読書』に切り替えよっか」

「是非お願いします」



 また別の日には、優花(ゆうか)が代わりに相手をしてくれた。

 ニコニコしながら、けれど的確にダメ出しをされる。


「リョウくん。相手の顔から視線をそらしたらダメよ。目が合うのが恥ずかしかったら眉間を見ていても良いから」


 彼女の笑顔を見ていると「オレ、死ぬ気で頑張るぞ! 美月さんや優花さんの期待に応えるためにも……」という気持ちが自然に湧き上がってきた。



 いつものように練習が終わったある日のこと。

 3人の女子高生はファミレスに集まっていた。


「ねえ、最近のリョウくん、ちょっと違わない?」と優花が言う。

「うん。ほとんど弱音を吐かなくなったし」と玲奈も頷く。

「筋肉もついてきたわよね。顔つきも少し変わった気がする」と美月がぼそっと言う。


 はっきりと言葉で表現するのは難しかったが、確かに凌は変わりつつある。

 本人だけが気づいていなかったのだけど。



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