第5話 逃げた日
その日の特訓は、坂道ダッシュだった。
陽南高校の裏手、地獄坂を十往復。
開始から三本目で、凌の太ももはすでに悲鳴を上げていた。
五本目で息が続かなくなり、七本目の途中で立ち止まった。
「無理だって、こんなの……」
膝に手をつき、喘ぎながら凌は呟いた。
玲奈は車のハザードをつけたまま坂の下で待っていたが、すぐに走ってきて、凌の隣にしゃがんだ。
「ま、そろそろ来ると思ったよ。そのセリフ」
「いや、だって! オレ、筋トレとかやってないし……バスケ部だってサボっているし」
言い訳が口をついて出た。
呼吸は荒く、頭は酸欠でボーッとしている。
「そもそもさ、イケメンたちと戦うとか、マジで無理だと思うんだよね」
「リョウ?」
玲奈の声が低くなった。
だが怒っているというよりは、がっかりしたような響きだった。
「ここで諦めたいなら、それでもいい。別にあたしが困るわけじゃないし」
「……」
「たださ、せっかく頑張りはじめたのに、自分から『どうせ無理』って言うのは、もったいないと思わない?」
「だって、オレなんかが本気出したって、結局は笑われるだけだし……」
「だったら、全力でやって笑われた方がカッコいいと思ってほしいけどな」
玲奈は立ち上がり、少し遠くを見ながら言った。
「まあ、あんたのペース考えずにやりすぎたかもね。明日からは、もうちょい緩めにする。フォーム重視でいこう」
「え……怒んないの?」
「呆れてはいるけど、怒ってはないよ」
玲奈は振り返って、ニコッと笑った。
「だって、根性ないのは最初から分かってたし」
「うわ、それはそれで傷つくな……」
「でもね、リョウ。今日は途中でやめたっていいけど、明日はもう一回やろうよ。それで続けるか決めな」
凌はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……分かった。とにかく明日はやる」
「うん。それでいい」
その日の残りは、坂道ダッシュではなく、スクワットのフォーム確認に切り替えた。
玲奈は終始、責めるでもなく、ただ淡々とメニューをこなしていった。
そして別れ際、助手席の窓から顔を出してこう言った。
「大丈夫。根性なんて、後からついてくるから」
その言葉だけが、妙に凌の胸に残った。




