第372話:不倶戴天の敵
「消えたって……。亡くなったという意味ですか?」
「分からない。1972年12月7日、アメリカで最後の徴兵が行われ、そこで選ばれたのが義兄だった。だが、ベトナムに到着してすぐ、戦場で消息を絶ってしまったんだ」
――戦場で消えたということは、やはり……。
「軍人だった父は無言だったが、母親は幼い俺でも分かるくらいにショックを受けていた。宣教師にしがみついて泣き崩れていた姿を、おぼろげにだが覚えている’。だが、本当の問題は、ベトナム戦争が終わった後のことだった」
「本当の問題!?」
「ああ。長かったベトナム戦争も1975年に終戦を迎えた。ようやく母の心の傷も言え始めたころ、義兄と同じ部隊にいたという男が、一通の封筒を携えてうちに来たんだ」
「なんて書いてあったんですか?」
「たった一言、こう書かれていた。『俺は、ゲバラになる』と」
「それがいつ書かれたものなのかは分からない。その後死んだ可能性だってもちろんある。けれど、一筋の生の希望が見えた母親は歓喜したよ。だが、父親は激怒していた。少なくても米軍にとっては、ゲバラは不倶戴天の敵だったからな」
「ジャックさんは、どう思っていたんですか?」
「その時は純粋に嬉しかったよ。優しかった義兄が、死んだことを受け入れるのには、俺はまだ幼すぎた。だが、そこから親父とおふくろの溝は深まり、結局離婚してしまったがな」
そう言うと、すっかり短くなった葉巻をもう一口深く吸い込んだ。
「親父に引き取られた俺は、義兄について触れるのは一切のタブーになった。だから義兄の消息はそれっきりさ。まあ、そんな親父も、去年亡くなった。本来なら俺も定年だ。だから、このミッションを終えたら、義兄の足跡を追ってベトナムに行くつもりだ」
「かつてジャックは、誰もが憧れる米軍のエースパイロットだったんだ」
そう梨沙さんが南米で教えてくれた。
実際、普段は陽気で、わたしの持つ”おおらかなアメリカ人”のイメージぴったりだ。
けれど、その裏には、本人しか分からない苦悩があるのだろう。
「さあ、明日は、ハバナの革命博物館に行くんだろ。子どもは、早く寝た方がいい。平和の価値を噛み締めながらな」
そういって、くしゃっとわたしの頭を撫でる。
――わたし、もう20歳なんですけど……。
と内心思いつつも、決して悪い気はしない。
きっとわたしは、ジャックに、どこかおじいちゃんの面影を見ているのだと思う。
国籍も年齢も全く違うけど、重い過去を背負いながら、現在を生きていくその姿は、確かに重なるものがある。
いつか、わたしもこんな大人になれるんだろうか。
目の前のカクテルを飲み干して、わたしはホテルの部屋へと戻ってベッドに入る。
眼を閉じると、まだ耳の奥に、『地獄の黙示録』のヘリの爆音が響いている気がした。




