第352話:ハンマーヘッドシャーク
「ハンマーヘッドシャーク!?」
言いえて妙、というよりもそれ以外に形容しようがない。
4メートル近い身体はすらりと細長く、普通のサメとほとんど変わらない。
ただ、頭部だけがつぶされた食パンのように長方形を描き、下からみるとまさに金づちのようだ。
潜水艇の中ならまだしも、もし泳いでてあんなのに遭遇したら、驚いて呼吸の仕方を忘れてしまうだろう。
「ああ見えて、意外に草食系なのよ」
十萌さんが楽しそう笑う。
「それって比喩ですよね?」
草食系のサメなんて、聞いたこともない。
「ホントよ。ハンマーヘッドシャークの餌の半分以上は、海草だから。魚なんかも食べるけど、人を襲うことはまずないから安心して」
「そ、そうなんですね」
人は――、いやサメも見かけによらないということか。
「目が長方形の両端にあるから、視野が360度あるの。それに、あそこにロレンチーニ器官が集中していて、砂に隠れているエイや小魚なんかも発見できるのよ」
「ロンチーニ器官?」
「サメなんかの軟骨魚類が持つ、微弱な電気信号をキャッチする感覚器官よ。「サメの第六の感覚」とも呼ばれていて、獲物の筋肉の収縮や、心臓の鼓動さえも捉えることが可能なの」
――え、そんな漫画みたいな……。
思わず突っ込んでしまいそうなレベルの超能力だ。
「生物の世界には、人間には計り知れないレベルの能力を持っているものがいるの。リンちゃんが『気が見える』ようになったことも、もしかしたら自然界全体では誤差の範囲かもしれないわね」
確かにそう言われると、少しだけ気が楽になる……気がする。
「I found it!」
潜水艇を操舵していたガイドが声を上げた。
同時に、潜水店のエンジン音が消える。
どうやら、何かを見つけて静止したようだ。
やがて、艇内のモニターに、ズームアップされた映像が投影された。
――ん?
海底にこんもりと膨らんだ、砂の小山のようなものが見える。
「あそこに、スティングレイが潜んでるようね。エイの一種で、尾に毒のある棘を持っているの」
モニターを拡大してよく見ると、砂の中に確かに光を反射した双眸が光って見える。
でも、こうしたテクノロジーなしに、生身のサメが発見することなんてできるのだろうか。
刹那。
今まで頭上を悠然と泳いでいたハンマーヘッドシャークの体が、一気に潜水を始めた。
海底で砂が舞う。
青い斑点を持つスティングレイが、胸ヒレをバタつかせて逃げようとするが、ハンマーヘッドシャークの速度はそれを遥かに凌駕する。
反撃を試みるスティングレイの尾が鞭のようにしなり、毒棘が水中を奔る——が、サメの皮膚は厚く、棘はただ浅く刺さっただけだった。
ハンマーヘッドシャークの鋭く獰猛な歯が、スティングレイの肉に食い込む。
狩りが完了した瞬間だった。
わたしは、心の中で突っ込んだ。
あのサメの一体どこが草食系なんだろう――と。




