第349話:固有種
「そろそろ着陸する。シートベルトを締めてくれ」
ジャックがそう言ったとき、窓の外を奇妙な鳥が横切った。
顎から胸らへんにかけて、まるで真っ赤な涎掛けでも垂らしているかのような、摩訶不思議な風貌だ。
「あれって……?」
「ガラパゴス諸島の名物、Great Frigatebirdよ。繁殖期になると、あの首の皮膚が風船のように膨らむの」
十萌さんが教えてくれる。
「この後、もっともっと不思議な生き物に出会えるわ。ガラパゴス諸島には約2000種が固有種と呼ばれているから」
「固有種って?」
「特定の地域にしか存在植物や動物のことよ。ガラパゴスの生物の7000種の内、その3割がここでしか見られない固有の種と言われているわ」
――すごい。
そんな環境なら、新しい発見に燃えるダーウィンにとって、天国みたいな環境だっただろう。
「ダーウィンは、木造船の『ビーグル号』で5年かけて世界一周して、1835年にようやくこの島に辿り着いたといわれているわ」
確かに、まだライト兄弟でさえ生まれていない時代だ。
自分自身の楽園に辿り着くまでに、どれほどの苦労を重ねたのだろうか。
かつてダーウィンが大航海の末に見たであろう、エメラルドグリーンの海が近づいてくる。
その中に、忽然と現れた人工的な滑走路に、ジャックの操るプライベートジェットが着陸する。
見上げると、赤い喉をしたフリゲートバードが、まだ私達を見つめていた。
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「それで、カイはどこにいるんですか?」
サンタ・クルス島行きのフェリーに乗り込みながら、わたしが十萌さんに訊ねる。
「ガラパゴス諸島の無人島の一つよ。エクアドル政府に特別許可をもらって、「生物進化」に関係する研究を進めているらしいわ」
「ガラパゴス諸島って、無人島もあるんですか?」
「むしろ大半は無人島よ。全123島の内、居住が許されているのは5島だけだから。このバルトラ島に加えて、目の前のサンタクルス島、そしてサン・クリストバル島 、イサベラ島 、フロレアーナ島の5島以外は、かつての生態系を守るために政府から居住が禁じられているの」
「え、じゃあ何でカイは?」
よく考えれば、そもそも「無人島に人が住む」――という発想自体がおかしい。
「ま、こっちには”人類の生態系”を守るっていう大義があるからね」
そう言って、十萌さんはにっこりと微笑んだ。
ブラジルの大使館でも見せていた、政治色を含んだ笑み。
たぶん、詳しくは聞かない方がいいタイプの話なんだろう。
そう思いながら、サンタクルス島の港に浮かぶ、まるで無数の生物の骨のような、白いヨットの群れを見つめていた。




