第343話:陽光を帯びた風
2030年2月8日 ドイツ・ベルリン
「まさか、こんなにも自由になれる日が来るなんて……」
病院の中庭に吹き付ける風で髪を巻き上げながら、ユンが満面の笑顔を浮かべた。
そんな笑顔を見て、ソジュンが照れくさそうに頭を掻く。
陽光のお陰か、数日前までは凍えるほど冷たかったはずの冬風が、今は少しだけ暖かみを帯びている気がする。
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ベルリンでの手術は成功に終わった。
久我教授の神業のような手術に加え、脳波にリアルタイムで接続していた、カイのバックアップも万全だった。
意外だったのは、第二人格が、手術は素直に受け入れたということだった。
それは、ソジュンの無私の想いが心を動かしたのかもしれないし、あるいは、崇拝する教祖が、かつて後継者候補として選んだカイの存在が大きかったのかもしれない。
「ケルベロスって、まだユンの心の中にいるの?」
わたしの問いに、ユンはこくんと頷く。
「うん。彼は、私が精神的に耐えられなくなったときに、いつもで出てきてくれるの。だから、今は、心の奥の方でひっそりと見守ってくれているわ」
ユンの事を大切に思っているという、ケルベロスの言葉もまた、決して嘘ではなかったのだろう。
「でも、ホントに顔を変えなかきゃいけないのかな……」
ソジュンが不服そうに口を尖らす。
「もう、決めたことだから」
新たにチップを埋め込んだことによって、外部からの脳波攻撃を受ける可能性はなくなった。
けれど、それこそチェコで狙撃されたように、物理的な危害を加えられるリスクはまだ残っている。
だから、身元が分からないように、ドイツで整形手術を受けたのち、韓国に帰ることになったのだ。
「ユンの顔、好きだったのにな」
16歳のソジュンが、少し照れながら言う。
ふふっと、ユンが笑う。
「大丈夫。ソジュンだったら、私ごと受け止めてくれるでしょ?」
――と、尊い。
雪の下で芽吹き始めた二輪の花のような、初々しくて眩しい二人のやりとりに、思わず目を細める。
第二人格ごと受け入れようとしたソジュンのことだ。
多少見た目が変わったとて、ユンへの想いは変わらないだろう。
わたしは、ふと大切な人たちのことを想った。
宙ぶらりんにしていた想いにも、そろそろ答えを出すべきかもしれない。
――そう思って、スマホを手に取った時。
スマホがブブッと震えた。
それは、カイからのメッセージだった。
「今、創さんと一緒にガラパゴス島に来ている。飛んできてくれ」




