第339話:断崖
「脳内…プロジェクター!?」
聞いたことのない単語の組み合わせに、思わずわたしとソジュンが怪訝な表情を浮かべる。
不意に久我教授がソジュンの方を向き、こう尋ねた。
「ソジュン。君は今、自分がチェコのプラハにいると認識している。そうだよな?」
「は?」
ソジュンが”何を当たり前のことを……”といった表情を浮かべる。
「では、もし、君が見ている視界全てが、急に韓国の景色に移って変わったとしたら、それでも自分がプラハにいると信じられるか?」
「いや、それは……」
ソジュンが言いよどむ。
――ああ。
ようやく、久我教授が言おうとしていることが分かってきた。
「つまり、あの脳内チップによって、ユンの第二人格の脳内では、古代ギリシャの追憶映像が流され続けている状態ってことですか?」
久我教授は言う。
「古代ギリシャだけじゃない。恐らくは二千数百年にわたる前世の”記憶らしきもの”が、だ」
白髪の病院長が頷く。
「儂とて、医者の端くれだ。患者を救いたい気持ちはある。だが、脳の構造は複雑だ。あそこまで深く根付いた”過去の記憶”を、脳内チップごと無理やり引き剝がしたら、主人格にどれほどの影響があるのかは想像もつかん」
――最悪、発狂もあり得る。
そう、久我教授が低い声でいう。
「で、でも、脳内チップが作動している限り、『魂を支配する者たち』に命を握られ続けているってことでしょ?」
わたしたちは押し黙った。
彼は、脳内チップに電波を送ることで、過電流を引き起こし、脳機能を破壊することができる。
今でこそ、電波妨害用の帽子をかぶってはいるものの、帰国すればいずれ隙を突かれるはずだ。
――でも、だからと言って。
第二人格が、自我と記憶を、脳内チップごと消し去ることに賛成するとも思えない。
どうやら完全に袋小路、というよりも断崖に陥ったようだった。
もしこのまま進んだら、いずれの道にも破滅が待っている。
長い沈黙の後、十萌さんが溜息をついた。
「やっぱり、第二人格と、直接腹を割って話してみるしかないわね」
そう言ってスマホを取り出すと、廊下へのドアを開いた。
「私としても、切り札を用意しておくわ。できれば切りたくはないけどね」




