第337話:アレクサンダー大王
旧市街広場の裏道を抜けると、ユンたちが待つ大学病院が見えてきた。
中欧・東欧で最も古いとされる大学だけあって、古都プラハの街並みにもしっかり溶け込んでいる。
入口では、看護婦が迎えに来てくれた。
ただ、その額には、うっすらと汗が滲んでいる。
「申し訳づらいのですが‥‥‥」
彼女は戸惑いの表情を浮かべながらそう切り出した。
「実は、今、別の者が問診中なんです」
「なんだと!? 誰が、そんな勝手なことを……」
シモン刑事が喰ってかかる。
何ていっても、ユンは今日狙撃されたばかりなのだ。警戒して当然だろう。
「本大学病院の病院長、つまり総責任者です。もしこの大学病院で脳外科手術をするのであれば、自身の目でその症状を見ておきたいと……」
その病院長とやらは、いわば主治医の一番上の上司にあたるらしい。
この大学病院にいる以上、部下である主治医や看護婦が断ることは難しいのだろう。
ただ、せめてもの条件として、カタリーナと久我教授の同席を認めさせたらしい。
「まあ、確かに真っ当な要求ではあるわね。高難易度の手術の成否は、病院の名声にも関わる以上、病院長本人が来たとしても不思議じゃない。それにカタリーナと龍樹も同席しているなら、変なことにはならないだろうし……」
十萌さんが幾分ほっとした表情を浮かべる。
――良かった。
わたしも胸を撫でおろした。
まだ、さっきのカフカ美術館での混乱の余韻のせいか、どうしても疑い深くなっている自分がいる。
さっきの一瞬で、実はこの病院に「魂を支配する者たち」の刺客が紛れ込んでいて、病室に向かった時は既に……なんて、サスペンスドラマみたいな想像が頭をよぎったほどだ。
ただ流石に、世界屈指の脳外科医である久我教授と、元ドイツの精鋭部隊出身のカタリーナの前では、滅多なことなど起こせないだろう。
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控え室に向かうと、部屋のモニターからは病室の要素が映し出されていた。
そこには、ユンのベッドを中心に、5人ほどの白衣の医師と看護師が取り囲んでいた。
その中心にいる白髪の高齢の人物が、おそらく病院長だろう。
傍らには、先ほどの主治医も同席している。
ただ、英語でない言語で話されているらしく、何をいっているのは聞き取れない。
それでも、病院長が、ユン―あるいはその第二人格―と、やたら前のめりに会話をしている様子が見て取れる。
シモン刑事も内容は聞き取れない以上、チェコ語やドイツ語でもないということだろう。
わたしは、久しぶりにカスタマイズ型人口知能を起動する。
「久しぶり、サラ。二人が話している言語って、何語?」
サラの答えによどみはない。
「古代ギリシャ語だよ。二人とも、かなり高度なレベルだ。特に、あの女の子の発音はネイティブに近い」
「どんな話をしているの?」
そう尋ねると、サラはしばらく会話を追跡し、やがてこう答えた。
「どうやら、アレクサンダー大王について話しているみたいだ。彼が死んだ日の事をね」




