第335話:グリューワインとスターアニス
フランツ・カフカ美術館から出ると、モルダウの寒風が吹き抜けた。
わたしは、その脳を貫くような寒さによって、ようやく少しだけ正気を取り戻せたようだった。
出口で待っていた、シモン刑事と十萌さんが声をかけてくる。
顔面蒼白のわたしを見るや、
「これ、よかったら飲んで」
と湯気の立つコップを差し出してくれた。
手渡された赤い液体には、星型の植物のようなものが浮かんでいる。
「ホットの赤ワインよ。温まるから」
「うわっ、なにこれ?」
匂いを嗅ぐと、瞬く間に複雑なスパイスの香りが、鼻孔を支配する。
思い切って一口口に含むと、甘くて薬っぽい風味が口中に広まった。
「なんか、わたしの知ってるワインじゃないです……」
ろくにワインを知っているわけじゃないけど、でも明らかに普通のワインの風味とは違うことくらいは分かる。
「赤ワインに、シナモンや、オレンジ、ナツメグなんかを入れるんだ。中でもチェコっ子のお気に入りは、そのスターアニスだよ」
「僕も飲んでみていい?」
ソジュンが後ろから話しかけてくる。
わたしが、コップをソジュンに手渡そうとする――ところをシモン刑事が制止した。
「おっと! 刑事の前で未成年飲酒するなんて、いい度胸だな……」
笑いながら、わたしのコップを奪うと、手に持っていた別のコップに差し替える。
「dětský svařákっていうんだ。ホットのリンゴジュースをベースに、いろんなスパイスを加えたもんだよ。18歳までは、こっちを飲んどけ」
ソジュンが不満そうに口をとがらせる。
「チェコでは、年がら年中お酒を飲んでいるって、ネットで見たけど?」
わたしも、「チェコはビールの一人当たりの消費量は世界一だ」って、どこかで聞いた気がする。
実際、ここに来る途中でも、モルダウの寒風を浴びながらも、平気ビールを乾杯している大人たちを、何人も見かけた。
「だからこそ、未成年飲酒には厳格なのさ。人が一生に飲めるアルコールの量には限りがあるからな」
確かに、未成年からそんな量を飲み続けたら、あっという間にアル中だらけになってしまうのかもしれない。
しぶしぶと、デツキー・スヴァジャークに口をつけたソジュンの顔は、すぐに驚きの表情へと変わる。
「な、美味いだろ?チェコっ子は、みんなこれで育つんだ」
さっきまで冷気がしみ込んでいた体が、少しだけ温まってきた気がする。
十萌さんが優しい声でいう。
「さあ、そろそろ病院まで戻りましょう。歩きながら、中での感想を聞かせて」




