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火と氷の未来で、君と世界を救うということ  作者: 星見航
第22章:チェコ共和国・変わり身と城【2030年2月5日】
333/386

第333話:青き水面は今もなお

挿絵(By みてみん)

 

 フランツ・カフカ美術館へは、護衛を兼ねて、シモン刑事が付き添ってくれることとなった。

 病室のユンのことはやっぱり気になるけど、久我教授とカタリーナが付き添ってくれているなら大丈夫だろう。


「この街で生まれ育ったからな。もう庭みたいなもんさ」

 そう言って、路地裏へとひょいひょいと入っていく。


 ――昔みた西洋の絵本の中にいるみたいだ……。


 優雅な曲線を描く、色とりどりの家が、まるでバロック建築のショーウィンドウのように立ち並ぶ。

 よく見ると、屋根の端に小さな天使やライオンなんかが彫られていて、建築家のいたずら心が感じられる。


「あれが、キンスキー宮殿だよ」

 シモン刑事が指差した先には、淡い桃色とクリーム色の壁面に、これでもかっというくらいの装飾で飾られた館があった。


「屋根に、めっちゃ人がいる…」

 ソジュンも思わず呟く。


 数えると、赤色に屋根の端に立つ八体もの黒い彫像が、わたしたちを見下ろしている。


「そのうちの四体は、”火・水・空気・土”の古来の四元素を象徴する彫像なんだ。残り四体は、ギリシャの神々だよ」


 ―ギリシャの神々……。

 わたしは思わず、古代ギリシャからの記憶を持つという、第二の人格(ケルベロス)のことを思い出してしまう。


 ギリシャ神話なんて、「聖闘士聖矢」か「ヒストリエ」くらいでしかイメージがない。

 何て言ったって、2500年以上前、つまりキリストの生誕よりずっと前ということなんだから。


 そのころからの記憶を持っている何て言われても……正直信じがたい。


 でももしかしたら、ヨーロッパには、このように生活の中にさりげなく痕跡があったりするんだろうか。


 そんなことを考えながらシモン刑事についていくと、やがて大きな河が見えてきた。

「あれが、Vltava(ヴルタヴァ)河だ」


 唇を二度も噛みそうな発音を反芻していると、十萌さんが小声で教えてくれる。

Vltavaヴルタヴァはオリジナルのチェコ語の呼び方よ。でも日本人にとっては、ドイツ語のMoldau(モルダウ)の方がなじみ深いかもね」


「え、あの音楽の時間に習った?」


 わたしの脳内に、懐かしい旋律が歌詞とともに蘇る。


 なつかしき河よ モルダウの

 清き流れは わが心

 うつくしき河よ モルダウの

 青き水面(みなも)は 今もなお


 ――たしかそんな感じの歌詞だったはずだ。

 まさか自分がその”青き水面”を、この目で見ることになるとは思いもしなかった。


「19世紀当時、作曲者のスメタナは、聴覚を失う中で、この曲に祖国への想いを託したそうよ」


「当時は、オーストリア・ハンガリー帝国の支配下だったからな。ドイツ語を強要されてたせいで、モルダウという名前が普及してしまったんだ。それでも俺たちにとっては、この河の名は、永遠にヴルタヴァなのさ」


 シモン刑事が念押しする。

 その口調から、自国への誇りが伝わってくる。


 わたしは、ヨーロッパの人が持つ、複雑な帰属意識(アイデンティティー)に興味を持ち始めた。

 自国への誇りを持ちつつも、古代ギリシャの彫像が、かつての国の象徴たるキンスキー宮殿に堂々と飾られている。


 では、ユンの身体を持ちながらも、ギリシャの記憶を持つ第二人格()は、一体、何人なんだろうか。


 ヴルタヴァは、そんな問いなど気にも留めず、悠々と流れ続けていた。


挿絵(By みてみん)

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