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フィラデルフィアの夜に、針金が食い込みます。


 夜な夜な、サンドバックが揺れています

笑いながら殴り続け、あれやこれや頭に浮かばせながら。

泣いている顔、苦しんでいる顔、血だらけの顔。

そんな様々な顔を一人ずつ一人ずつ思い出しつつ、サンドバックが突き出し続ける拳によって何度も何度も動き、揺れていきます。


 ドスン。

強い衝撃音がまた響きます。

同じパンチで呻き始めた人の顔を想像しよう、そうしようとした時でした。

突き出した拳が、サンドバックの革を破り、中に突き刺さります。

 そして、食らい付く。

なんだ、と思う間もなくサンドバックの革が滑るように落ち、中身が噴出し始める。

 顔。

真っ黒な細い、綿。

そう考えてしまう程に細く大天災時の雨雲の様な、緻密な漆黒色の針金。

そのサンドバックの中身が顔を形成している。

それも今まで想像した人間の数を優に超えるほど、密集して。

それが右腕に食らい付き、離さない。

ついには右腕に、針金が食い込み始め、圧し潰し始めた。


 思わず、左腕も拳を作って打ち込む。

同じ。

同じ様にまた、食らい付く。

それが離さない。食い込み、圧し潰す。

目の前に、顔。

無数にある顔。

泣いている顔、苦しんでいる顔、血だらけの顔。

あれだけ思い浮かぶたびに楽しかったものが、現実として襲い掛かって来る。

無数に、浮かび上がってくる。

 そんな顔が、口を開いた。


 聞きたくなかった声が、夜に轟いた。




 その晩ずっと。

耳を塞ぐこともできず。

目を逸らすこともできず。







 朝日が、ようやく部屋に入り込みます。

両腕が酷く痛み、目から涙を流し、耳がじんじんと痛んで。。

顔が虚空になって。


 顔をサンドバックだった何かに向けます。

針金の一本を伸ばし、革を引き寄せ、それを着ていくのを見ました。

またいつものサンドバックになって、天井に吊られて揺れています。

何の変哲もない、サンドバックが揺れていました。


 ただ、それを男は見つめていました。


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