第3話 賢者を愚者にする話法
―― 討論VR空間 ――
レジスタンスの活動は多岐にわたる。現実世界での調査、活動に加えVR空間での活動も含まれておりたまに現実と空想の区別がつかなくなる事もあるという。
しかし、それは間違った事なのだろうか? もし、願った事が現実になってそれが小説より奇なりという言葉通りの展開になったらそれは空想していたものではなく確かな現実として起きている事なのだから間違いでもなんでもないだろう。
◇◇◇
討論スタジオを模したVR空間では自由に席に座れるようになっておりそこで討論をしているアバターを見られるようになっている。
夏喜は席に着き、しばらく討論の様子を見ていると杏もスタジオにやってきた。彼女は夏喜の一つ上の先輩にあたる生徒でポニーテールの似合う活発な少女である。
「お待たせ。様子はどう?」
「うん。見たところ……」
「なにしてんのよ。クローズ回線で話して」
「……悪いね。僕も来たところだけど、ちょうど始まったところなんじゃないかな。見たところいつものように質問に答えているだけのようだし」
何を討論しているのかというと、能力のある人間はどう仕事に向き合うかについてを話している。
能力があればあるほど海外に仕事をしに行こうと言っているが、これだけネットが進歩した世の中では意味のある事なのか疑問である。
彼の言う海外で仕事をするメリットというのは、正しく能力を評価してくれることや、この国では足の引っ張り合いばかりで善良な人間が陥れられるばかりだからだという。
しかし、夏喜は思った。祖父が『善良な人間であれば他人を助ける癖のようなものがある。それは善い人間を引き寄せ、良い仲間を作る事に繋がる』と言っていたのを思い出したのだ。
だが、この論客が言っている事が本当なら彼の周りには良くない人間――特に自己中心的な人間が多いのではないかと思う。善良な人間は不当な評価も足の引っ張り合いもしないからだ。
そして、真の賢者は愚かな考えが浮かんだとしても実行に移す事は少ない。一時の迷いがあろうと早い段階で気が付いて止める事が出来るからだ。
この討論会では観客はコメントを司会と論客に送る事も出来る。夏喜は『善良な人間の仲間を作ればネットでも良い仕事が出来るのではないかと思う』と送った。
運が良いというか、これに論客はすぐに反応した。
「そこの男の子ね。どこの世界もね、悪人はいるんです。能力のある人ほど妬まれてあらぬ疑いをかけられて陥れられるもんなんです。
私も会社で働いていた頃はいつもそうでした。ネットだけで仕事をするにしても邪魔をする人はどこにでもいるでしょう?」
これに夏喜は答えた。
「それはそうですが、リアルでも仲を深めて信頼に足る人物であれば仲間として迎え入れ、増やしていけばいいと思います。
大事な部分はその仲間と主にやっていれば、他のところの人と仕事をする時に手違いや裏切りにあっても被害は少ないのではないでしょうか」
「その仲間を作る時間ね、それは社会に出たら無くなります。物事をなんでも早く進めないといけなくなるから。
それに信頼していた人が裏切るなんてよくある事です。私の知り合いの社長さんなんて何度も会社のお金を持ち逃げされていますよ。
だからこそ、能力のある人間こそ、それに見合った評価をしてくれるところで働くべきなんです。評価されないところに居続けたってしょうがないでしょう?」
「う~ん……それは自己中心的な人が周りに多いだけなのでは? どこの国でも同じような事は無数にあると思いますが?」
この夏喜の発言に対して周りの客は社会経験が足りないだの、そんな良い人間なんて居ないだのと、次々に冷やかした。もうこれが答えじゃないかと思っていると観客の中に一人、社長をしている人がおりその通りだと言った。
「私は、この若者の言う事は正しいと思うがね。質問なんだが、あなた方のお知り合いは世の中のために貢献する事を目的に事業を続けていますか?
利益のためばかりと行動していればいくら立派な事を言ったところで良い結果にはならない。私が若い頃もこの国では働きたくないから他の国へ行くと言った学友もいた。
だが、結果は事業に失敗して今や貧しい日々だ。自己中心的な思想を持つ人間は結局は欲に飲まれる」
これには論客も他の客も会社が利益を出さないと誰も幸せにならないとか、絶対に誰かには邪魔されるものだとか言った。
だが、もの言わぬ客も多いのだが表情を見ていると納得しているような顔をしているのも何人もいる。
確かに数字や目に見えるものだけを見ていればそうだろう。だがこの年老いた社長のように傍からは見えない部分で何をしているかが重要である事も分かっている者はあまりいない。
「夏喜、そろそろログアウトしろってさ」
そう言われた夏喜と杏は討論会からログアウトした。
◇◇◇
起き上がると、メンバーのオペレーターはタバコを吹かしながら言った。
「……フー。データログをお前らが潜っている時にずっと取っていたんだがこの論客は相変わらず自分の事業の支援をしてもらいたいがためにこうして能力のある人間を誘導しているんだな。
今日も、ほら見てみろ。支援者からの金が動きまくってる」
そう、彼の言う通りこの論客の本当の目的は自分の事業である海外へ人材を派遣するための運営資金を集めるのが目的だった。
これは一見すると本人も幸せになるし合理的な選択のように思えるが、実際に行ってみれば求める能力は実は違っていたというのは昔からある話だ。
一体、誰の差し金だったのだろうか? 今にして思えば、夏喜が言った意見も愚かな意見として利用されていた事に気が付いた。彼は少し悔しがった。




