第10話 希望ある世界と陰鬱な世界
時代は進み、あらゆる技術が進歩したが、金を得る事が重荷になった世の中では子供の将来の事を考えられる人ほど出会いの市場からは取り残されていった。
人を思いやる事の出来る人ほど結婚相手と見られず、そうでない人間がいいと思われ、モテるという状況は社会の悪化の原因の一つとなった。
歪んだ自由恋愛は愛と富に満ちた状態でないと成立しないという絶望を生み出し人々の心も同時に衰退させ、自暴自棄になった者が犯罪に手を染める事をより進ませる事になった。
誰にも愛されない人が増えるというのは本人も辛いが社会にも修復できない程の絶望を生み出すきっかけとなるのである。
では異世界ではどうだったのかを一郎は語り始めた。
「向こうの世界、異世界でも夫婦は無数に居たが王国のようなレベルの最も高い国と魔族領の最深部のような最もレベルの低い思想を持つ国では結婚観というのはかなり違っていた。
簡単に言えば王国では夫婦とはお互いに切磋琢磨し思いやりを持った心をさらに成長させる事で個人も国もさらに良くなるようになっているんだが、魔族領の深部では真逆だ。
結婚相手に求めるのは、金、モノ、地位の三つだ。そこにあるのは愛ではなく、欲望だ」
「でも、ある程度はその三つを持ってないと結婚は難しいと思うよ」
疑問に思った杏は一郎に尋ねた。
「そう。この世界のほとんどの人間はそう思っている。だが、その三つが無いと結婚出来ないというのは真実の愛ではない。
相手がかわいそうとか、子供がかわいそうとか言う人間も多いが何も考えずに勢いで結婚しているようにしか見えない連中がそんな事を言ってもどこに説得力があるんだ?」
「うん。だからこうして何も考えずに結婚している人たちと、地位と権力とお金があるから結婚している層に分かれたんだよね」
「そう。杏は知らないだろうが、昔は”愛さえあれば身分は関係ない”という言葉とともに結婚する物語はいくらでもあった。
だが、ある時からこの手のネタは使われなくなった。結婚をする事自体、人と人が愛している情景の描写すら忌避されるようになった」
「私も古い小説を読んだ時にそういうのが書かれているのを読んだことがあるんだけど、確かに今は言わないね。
極端な思想が増えて嫉妬する人が多いし、見たくもないって思う人が多いから無くなったんだと……もしかして踊らされてる?」
「その通り。杏もレジスタンスに所属していながらそれに今まで気が付いてなかったわけだ。
まず、恋愛を忌避する思想を植えたのは誰か? そこから考えるんだ。まあ、杏はまだ十八だ。随分昔の事だから俺もハッキリとは覚えてないが、最初のきっかけは恋愛を諦める層が急激に増えた時代だったと思う。
彼ら、彼女らは恋愛をしたくないわけではなく、したいのに告白してくる人間を寄り好みしまくって付き合うまでに至らないようにしていた。
そのくせ、自分を大事にしてくれそうな相手を断って評判やステータスといった上っ面ばかり見てすり寄っては、断られた、モテないという」
「それはお金が無かったからそうなったんじゃないの?」
「それもあるが、どうして金が無い事が理由になるんだ? 当時も食事、デート費用は男が奢るものと言っているのもいたが食事もデートも何も特別な事をしなくても一緒にいるだけでもいいとは思わないか?」
「そっか! 現実のデートはお金をかけるのがデートだと勘違いしている人がいるんだ。だから今こうしてVR空間でしか恋愛をしようとしないんだ!」
「そう。どこで勘違いしたのか、金、地位、権力の三点セットが無ければ恋愛も結婚も出来ないというおかしな考えが蔓延し、それが男女の分断にまで至った。
すると今度は、自分が相手にされない事を他人のせいにする人間が増え、これが誰からも愛されないと感じる人間を増やす悪循環を生み出した」
「昔から誰かが世の中が悪くなるように間違った情報を流布してるんだね」
「そういう事だ。男だから、女だから恵まれているという者も居るが本質はそこじゃない。人生を上手く渡って行く能力は人によって違う。
それに、地球の人類は運とか生まれ持った自分が気が付いていない才能や何をするために生まれてきたとかの、目に見えない要素を無視し過ぎている」
「でもそれってどうすれば分かるのかな? 向こうの世界にはそれが分かるものがあったの?」
「もちろんあった。人間の適正や隠れた才能を全て分析する魔道具があり、その結果を元に適材適所な仕事の配置が行われ、結婚や恋愛を望めばデータベースに登録された最も相性のいい異性と会えるようになっていた。
地球のAIも最近は随分と進歩したが、向こうの世界と違うのは地球は未だにほとんどが資本主義の悪夢に憑りつかれている。悪夢から覚めない限り真の愛に基づく結婚ができる夫婦は少ないままだろう」
杏は一郎の話す内容は分かるが自分の生きているうちに異世界のように皆が幸せに暮らせる世の中になる事はないのかもしれないと思ったのだった。




