五十二万 魔王領
「進め!今日中に百キロは進むぞ!」
「はい!」
背の低い草が生い茂る草原を、馬車と人が駆けていく。
足が遅いヘッグやリサなどは馬車に乗り、スピードに自信がある者はその足で地面を往く。
斥候からの情報によると、今回の討伐目標である魔王がいる魔王城は、ノスバットから二百キロも離れているらしい。
途中の魔物による妨害も考えて、予定では全三日の遠征になる予定だ。
勇者であるヒリックが全体に指示を飛ばす。
「そろそろ魔王領だ。人類領との境界には、兵も配備されているだろうが、相手にするのも面倒だ。突っ切るぞ!」
「おお!」
そうこう言っているうちに、魔物の大軍が見えてきた。
悪魔、サイクロプス、グリフォン、ドラゴンなど、様々な種族が混じり合った、混成部隊。
防壁などは用意されていないが、遠くからでも、かなりの大物揃いだということが分かる。
確かに、あれを全滅させるくらいなら、強行突破してしまった方が早そうだ。
「じゃあ、私が開始の一発を受け持とうか」
整備もされていない、道なき道を走る馬車の上で、リサは銃を構えた。
今回使うのは、戦車の装甲をも貫く対物ライフルの一種、バレットM82。
揺れる不安定の足場のまま、相手の指揮官と思われるドラゴンに狙いを付けた。
「さあ、戦闘開始だ」
ダアン!
轟音が響き、銃弾がドラゴンの翼に穴を開けた。
それと同時に、馬車の上から弓矢や魔法が飛ぶ。
しかし、相手もさる者。暗黒魔法や炎のブレスが飛来し、こちら側にも被害が出る。
「よし、俺も――」
「止めておきなさい。折角下げた金銭感覚が戻りますよ」
馬車に並走するナートが、出て行こうとするヴァルを馬車の中に留まらせた。
「あなたの力は、温存しておきなさい。……その分、私が動きますから」
「そうか……頼んだ」
「止まるなよ! 突っ切るぞ!」
「おお!」
「ヴアア!」
「ヴァオ!」
魔物と人間の軍団が衝突する。
壁となる魔物の方が数は多いが、人間の方は槍の様な陣形でそれを突破しにかかる。
「行くぞ、〈聖剣〉」
戦闘に立つヒリックが、聖剣をもって立ちはだかる魔物を切り裂いた。
「足を止めるな! 馬と馬車の車輪は死守しろ!」
「おお!」
勇者に続いて、他の者達も勇敢に戦い始めた。
ヴァルも、馬と馬車を守るように動く。
「ヴァアア!」
「クッソ、初手から強いの出しやがって! 〈火断〉」
馬車を攻撃しようとしたドラゴンのブレスを両断した。
予想外の結果に狼狽えたドラゴンに対し、隣に座ったリサがアサルトライフルを乱射する。
ダダダダダダダ!
「ヴア!?」
「追って来られても厄介だからね。翼を壊させてもらったよ」
「ナイス」
翼をもがれたドラゴンが墜落し、下を歩く魔物はその下敷きとな――
「ヴォガアアアア!」
「うっそだろ!」
下にいたオーガが、降って来るドラゴンを受け止め、こちらに向かって投げつけた。
その質量は数百キロに及ぶ。
このままでは、リサごと踏みつぶされると判断し、
「仕方ない、使うぞ」
「……できるだけ少ない金額にね」
「わーてる。三万!」
馬車に負担がかからないように跳び上がり、拳一つでふっ飛ばした。
ドラゴンの軌道は横に逸れ、今度こそ魔物を圧し潰す。
しかし、その影からグリフォンがヴァルに襲い掛かった。
「グリュウウ!」
「ッ!」
「〈幽閃〉」
また金を使いそうになったところに、ナートがカバーに入って、グリフォンの背後から首にナイフを差し込んだ。
「ありがとう」
「また使おうとしたでしょう。緩んでますよ」
「……ああ」
再び気を引き締めつつ、戦闘を継続する。
ヒリックら主戦力が先端を開き、中衛がそれに馬車をねじ込んで近くの魔物を寄せ付けず、足早の者が殿を務める。
脱落者もポツポツでるが、ほとんどの人は馬車に回収し……魔物の群れを突破。
それでも追って来る魔物たちに、
「全員、馬車に掴まれ! はぐれたヤツはポイントA-3で合流だ」
「いっくよー」
「オラ!」
リサ特製の爆弾を投下した。
今回のはかなりの威力があり、追おうとした魔物をふっ飛ばす。
さらに、土煙まで発生し……魔物の群れを完全に撒くことに成功した。
◇
「――地底より深層に空殻を! 〈獄互〉!」
ウィズマが詠唱を終え、土魔法を発動させた。
すると、地面が沈降し、魔族領には場違いな人間の一行が地底に沈む。
【結界師】が魔物避けの結界を張り、魔法で暗黒の空間に明かりが灯り。
一時的な基地が出来上がった。
「一時間休憩する。今のうちに食事、暇なヤツは馬の世話もしておけ」
「はーい」
束の間の急速に、身体を休める。
現在の人数は、273人。最初の防衛線の突破だけで、27名が犠牲になった形だ。
まだ生き残っていて、合流できる可能性もあるが、20人は固いだろう。
知り合ったばかりで、まだ名前すら危ういが、志を同じくする同士が息絶えたことで、どこか落ち込んだ雰囲気がある。
特にリサはその傾向が顕著だ。
「……過度に気にしてはなりません。彼らだって、覚悟はしていたハズです」
「……そうだね」
「死を慈しむのは後。でないと、彼らの仲間入りしますよ」
「分かっているとも」
ナートに言われて、少し気を取り戻したのか、彼女は銃の点検を始めた。
ヴァルもその言葉を噛みしめつつ、鉄剣についた血を拭う。
「ちょっといいか?」
その時、背後から肩に手が置かれた。
振り返ってみると、そこにはヒリックがいた。
「ん、どうした?」
「これからのルートについて……研究者の意見が聞きたい」
「なるほど。おーい、リサ」
「何だい?」
銃を片手にリサが近寄って来る。
彼女に簡単な説明をしてから、ヒリックは地図を広げた。
斥候が作ってくれた簡単なものだが、人類領から魔王城までの地図が載っており、大体の地形が分かるようになっている。
さらに、生息する魔物やその生態まで記載されていて、非常にやりやすい。
「使える物資や疲労の問題もある。できるだけ接敵を少なくしつつも、最短のルートを選びたい」
「なるほど。専門でも無いし、何とも言えないが……東側から行くべきじゃないかな」
「その心は?」
「西側には川がある。普通に考えて、生息するなら水の近くがいいだろう。加えて言うと、こういった地形では東の方が草が少ない」
「なるほど」
地図には無い情報まで言い当てたリサの意見に同調し、ルートを再検討する。
少し考えた後、リサは地図をなぞりながら、
「遠回りになるが、こう、反時計回りに行くのが最上だろう」
「なるほど。感謝する」
そうリサに感謝の言葉を残して、ヒリックは立ち去っていった。
そしてしばらく後、声を張り上げる。
「十分身体はやすまったか? そろそろ出発するぞ!」
「おお!」
「〈天変〉!」
ドドドドドドドド!
ウィズマの杖が輝き、天井となっていた土壁が展開し、沈降していた地面が唸りを上げて隆起する。
「行くぞ!」
ヒリックの号令に合わせて、人間の一団は再出発をかけようとし――彼らを照らす陽光を遮るものがあった。
それは、黒い双頭のドラゴン。
「見つけたぞ。やれ」
「ヴァアアアアアアアアアア!」
「〈スキル強化〉八万、〈水放〉!」
咄嗟に強化した水を放ち、空から落ちるブレスを相殺した。
リサのプログラムのお陰もあって、八万で相殺しきり……炎が消えその姿がハッキリと映る。
「首無しの竜騎士……虚頚のデュラゴン!」
「「ヴルアアアアアアアアアアア!」」
二つの頭の咆哮が、ビリビリと大気を震撼させた。




