四十三万 古東理沙 四十三万五千 追跡
リサ・コトー。
前世名、古東理沙。
「古東さん、この資料の数字、間違えてますよ」
「……こんな資料、作った覚え無いんですけど」
「制作者欄にあなたの名前が書いてあるでしょう。いいから、間違えた数値を使った資料を、明日までに全て直しておきなさいよ」
「……はーい」
理沙は、異界の……日本という地で働く一人の社員だった。
賃金を出さずに長時間の労働を強いる、いわゆるブラック企業に務めており――
「やっと終わっ――」
月百時間を超える残業の結果、彼女は仕事場のデスク上で息絶えた。
そして……気が付くと、この世界に転生していたのだ。
理由は彼女にも分からない。
しかし、結果として彼女はこのファンタジー世界に転生した。
生まれたのは、片田舎のとある農村。
ただの一般家庭であり、『貴族の方が良かった』と思ったりもしたが……彼女に宿った力は、生きていくには十分なものだった。
【研究者】。能力としては中の上くらいだが、前世の知識と合わせると、とんでもないチートになる。
前世では知らなかった知識が、一瞬で理解できた。
銃の作り方など興味もなかったが、今なら簡単に作ることができる。
設備さえ用意出来れば……核兵器を作ることだって不可能ではない。
だが――
「武器を作ると、多くの人が死ぬし、権力者に目を付けられるかもしれない。武器ではなく、工業用の製品や、アイディアで売って行こう」
そう考えて、武器は一切作らなかった。
実際、武器の類を使わなくても飽きないくらいのアイディアが、彼女にはあった。
優しい両親を手伝いながら、将来のために発明や研究を続ける日々。
精神年齢が違い過ぎて友達だけは出来なかったが、彼女はそれで十分満ち足りていた。
だが。
ある日。
カンカンカンカンカン!
敵襲を示す警鐘が村に鳴り響く。
「魔物の群れが攻めてきたぞ!」
その時は分からなかったが、魔王が復活する兆候だったらしい。
世界の至る所で魔物が凶暴化し……リサ達の村になだれ込んできた。
家や畑に火が上がり、勇敢にも立ち向かった衛兵が、魔物の口の中に消える。
悪夢のような光景に、リサは全てを投げ出して、裸足で逃げ出した。
六歳の身体を全力で動かして、魔物から逃げる。
それだけでは逃げ切れなかっただろうが、彼女は猛獣避けの知識を駆使して、なんとか隣の街に到着した。
後で分かったことだが、リサ以外の生存者はいなかったらしい。
あの日の選択を間違えたとは思っていない。誰か一人でも連れていたら逃げられなかっただろう。
一人生き残っただけでも上々だ。
だが、それ以前はどうだったか。
もし武器を……銃を数丁でも作っていれば、救えた命もあったのではないか。
「あ、あああああああああああぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ!」
その時、リサの称号は【狂研究者】に変化していた。
◇
「それから、行き着いた町で、手軽な発明品を売っていたら、それに目を付けたマーチェに拾われた。その恩を返すために、売れそうな発明を続けて……同じ轍を踏まないために、銃の開発も始めた」
「……」
「君からこの戦いのことを聞いた時は驚いたよ。まるで、あの時のリベンジをしろと言われているようで」
リサが乗り気でないのに、銃を量産したのには理由があった。
今度こそ、自分が守れなかった町を守るという、意思が。
「……お前って、研究者のクセに運命とか信じるタイプだよな」
「まあね。だけど、それは……間違いだったみたいだ」
そう言って彼女は、虚しく、笑った。
これまで銃を広げないために、徹底して管理してきた。
それを、ノスバットの住民を救うために、解放する決断をしたが……それは、致命的な間違いだった。
彼女の頬に一筋の涙が垂れる。
ダン!
ヴァルは、それを止めるために、立ち上がった。
「まだだ。まだ銃は世界に定着してない。たった八丁、回収するだけだ」
「無理だ。時間も、手がかりも、何もかも足りない」
「……いや、一つ、あてがある。お前は安心して待ってろ」
そう言って、部屋にリサを残してヴァルは出て行った。
そのまま、城壁内部を走り回り、一人の少女……いや、魔物を探す。
彼女は――ヘッグは、銃を作っていた開発室で寝ていた。
「おーい、ヘッグ?」
「にちゃ?」
とても眠そうな返事だった。
前日まで銃を作っていたのが響いているのかもしれない。
「……疲れているところ悪いが、頼みがある」
「えー」
「頼む、ヘッグにしかできないことなんだ……リサの涙を止めたい」
『リサ』に反応したのか、ヘッグは眠い目を擦って起き上がった。
「……どうしたのー?」
「銃が持ち去られた。……あの銃のパーツは全部、ヘッグが作ったものだ。他の銃とかけ離れた場所にある八丁の位置、分かるか?」
ヘッグの主食は金属。
それを探し当てるために、彼女の嗅覚は金属に対してとても鋭くなっている。
今回の銃を形作る金属は、リサがヘッグに特注した特殊な配合だ。
特別臭いに特徴があるものでは無いらしいが――ヘッグなら。
「ちょっと待って」
ヘッグは本来のアイアンマウスの姿になり、スンスンと鼻を鳴らした。
距離が離れているせいか、一筋縄ではいかないらしく、目を閉じて集中的に臭いを嗅ぎ……三つの方向を指し示す。
「キル、キル、キル……キル」
「盗まれたのは八丁なんだけど――」
「キル」
「何人か数丁持って行ったヤツがいるのか」
まあ、固まっていた方が回収には楽だ。
「一番遠いのは?」
「キル」
「よし、いい子だ」
ヘッグは、しっかりとした手で一つの方向を示した。
あの方向は、王都だったか。行先としては妥当な方だろう。
「よし、行くぞ!」
何か今まで書く機会が無かったですけど、称号は変化することがあります。




