三十三万 兄と弟
街に帰って来たというヒリックら勇者パーティを見に行く。
四天王フィクロストの討伐に行っていたらしいが……街の反応的に、その結果が芳しくないものであることは分かる。
(……まさか、誰か死んだのか?)
「先行っとくぞ」
「ちょっと!」
いけ好かない奴らではあったが、数年間旅した仲だ。死んでほしくない。
何だか本当に気になってきて、走るスピードを上げた。
街には同じ思いの人の塊がいたので、見やすいように近くの家の矢ねに飛び乗る。
彼らは、本当に散々な有様だった。
ヴァルの入れ替わりに入ったらしい聖騎士が、ぐったりとしたウィズマを抱え。
セインは聖杖を杖として使い。
ヒリックは……何だか闘志を失っている。
何より、なんだか全員生臭い。
観衆からはガッカリとした声が聞こえてきたが、一行はそれに反応しようともしない。
「……とりあえず、全員無事で良かった」
フィクロストに負けてきたというところか。
あの有様なら、逃げられただけでも上々だろう。
「……」
問題は、アイツらが負けたフィクロストという奴だ。
性格的には三人とも好きではないが、実力は誰よりも分かっているつもりだ。
アイツらが負ける相手なんて、考えたくない。
「幾ら必要になるか……俺にどうにかできる問題なのか」
四天王や魔王は勇者に任せて、街の防衛を手伝うくらいだと思っていたが、そうもいかないかもしれない。
「さて、どうするか……どうなるか」
空を眺めてこれからの苦難を思い浮かべる。
しかしその時。ヒリックからの視線が向けられた気がした。
「ヴァル?」
「あ、やべ」
追放された身として、再会するのは気まずいので、家の屋根から降り、逃亡を開始した。
「勇者さま!?」
「急にどうしたんですか!?」
ダッダッダ
背後から驚くような声がしてきて……ヒリックが追って来る。
「待て、待ってくれ!」
「……」
……いつもと調子が違う。
討伐失敗の八つ当たりでもされるかと思ったが、それにしては懇願するような言い方だ。
勇者の方がスピードが速く、逃げるために金を使うのもアホらしいので、話を聞いてみることにした。
人気のない適当な場所で立ち止まり……兄と対話する覚悟を決める。
「……久しぶりだな。兄さん」
「あぁ」
「お前らが負けるなんて、何があったんだよ」
「……あっちに地の利があった。魚の魔物相手に水中で戦うべきじゃない」
「そりゃそうだろ……」
話をよく聞くと、どうやら今回のは偵察のようなものだったらしい。
勿論本気で戦いはしたが、どこで退くかを常に考慮に入れていた。
実際には簡単に撤退することはできなかったが、新メンバーのラティが機転を効かせて、なんとか撤退してきたらしい。
「なるほど、大変だったんだな。……それで、そんな苦労話をしに、ワザワザ追って来たのか?」
「いや……戻ってきてくれないか、ヴァル」
「え?」
衝撃の言葉に、一瞬固まる。
追放したのはヒリック達の方なのに、どういった心境の変化だろうか。
「ムシが良いのは分かってる。だが、人類全体の命運が掛かってるんだ。力を貸してくれ」
「……他に良い奴が見つからないのか?」
「いいや、お前じゃなきゃ、ダメなんだ」
そう言って、彼は思い出話を始めた。
旅を始めた当初。勇者の伝統とやらで、メンバーはヴァルとヒリックの二人だけだった。
当時の彼らには、魔物についての知識が無かったので、実力と不吊り合いの敵と当たることはままあった。
しかし、そんな時は全て、大金を使ったヴァルがどうにかしていたのだ。
それによって、ヒリックは甘やかされている状態にあった。
次第に、命の危機になっても『ヴァルがどうにかするだろう』と思うようになっていた。
ウィズマやセインと合流してからはそんな事態は減ったが『保険がある』というのは、確実にヒリックから覚悟を奪っていた。
「もう俺はお前がいないと戦えないんだ。……俺の命を、保障してくれ」
「……兄から聞きたくない言葉ナンバーワンだよ」
「頼む!」
そう言って、彼は初めて弟に頭を下げた。
ヒリックがこんなことになっているとは。
だが、甘やかしすぎた責任の一端は、ヴァルにもあるのかもしれない。
溜息を一つついて気合を入れ……
パシッ
後頭部に手刀を叩き込んだ。
「ッテ!」
「甘ったれんな! テメェは勇者として世界を救うんだろ! それが弟に頼りきりでどうすんだ!」
「で、でも――」
「でもじゃねえ!俺でも対応できない相手は絶対出る! んな時にテメェがそんなんでどうすんだ!? 命を懸けられないって泣きわめくのか!?」
「……」
「覚悟は魂にでも刻んどけ」
ヒリックの胸に拳を当て、軽く突く。
顔を上げた彼の顔は、以前のように引き締まったものになっていた。
「すまん。……ありがとう」
「ったく、弟にこんなこと言わせんな」
人は簡単には変われないない。
だが、少しずつ変わる努力はできる。ヒリックは、その一歩を踏み出していた。




